『ドクター・スリープ』が描き直すことに成功した 「シャイニング」の本当の意味

スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980年)といえば、映画ファンなら誰もが知っているホラー映画の名作中の名作とされている作品だ。

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『ドクター・スリープ』 (C)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
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  • 『ドクター・スリープ』本ポスター(C)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
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  • 『シャイニング』 (C) APOLLO
  • 『シャイニング』 (C) APOLLO
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《text:宇野維正》

スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980年)といえば、映画ファンなら誰もが知っているホラー映画の名作中の名作とされている作品だ。しかし、タイトルの「シャイニング」という言葉が意味するものについては、作品の序盤にダニー少年とオーバールック・ホテルの料理長ハロランとの会話の中で触れられるものの、物語が進行するにつれて主題からは離れて、ホテルの呪いと、ダニーの父であるジャック・トランスの狂気に作品の焦点が絞られていく。

(同作のポスターやソフトのパッケージ写真にもなった)ジャック・ニコルソン演じるジャックの形相。彼のタイプライターに残された文字。ホテルの廊下に立つ双子の少女。237号室の女。映画『シャイニング』は、後世まで語り継がれ、オマージュやパロディの対象にもなってきた数々のインパクトあるビジュアル・アイコンを生み出すことになったが(それらのほとんどは映画『ドクター・スリープ』にも登場する)、原作者スティーブン・キングが小説『シャイニング』のタイトルに込めた主題は、キューブリックによって生み出されたビジュアルのインパクトによって忘れ去られてしまったかのようだった。少なくとも、映画『シャイニング』が公開されてから39年間の映画史においては。

映画『シャイニング』への批判、その二つの理由


『シャイニング』 (C) APOLLO『シャイニング』
キングは公開当時からキューブリックの映画『シャイニング』への強い不満を公言していて、それは映画が世界中でヒットして、傑作としての評価を確立した後も変わらなかった。いや、むしろ同作が評価されればされるほど、その思いは募っていったのだろう。映画化から17年が経過した1997年、「もうこれ以上、映画『シャイニング』の批判をしないこと」を条件に、映像化権を保持していたキューブリックから許諾を得て、自身が脚本を手がけたテレビシリーズ(ABCで放送。全3エピソード、計4時間33分)の制作に乗り出した。作品の評価は上々だったものの、現在と違ってテレビシリーズは映画より下のものと見做されていた時代であり、ましてその比較対象はあのキューブリックだ。映画『シャイニング』で定着した作品のイメージを払拭するまでには至らず、その2年後にキューブリックが亡くなると、キングは再び映画『シャイニング』への批判をするようになった。

原作者が映画版への不満を漏らすこと自体は珍しいことではないが、映画『シャイニング』へのキングの長年にわたる執拗な批判には二つの大きな理由があった。一つは、「アルコール依存症の父親に怯える妻と息子」というキングの幼少期の実体験に基づく物語の骨子が、ジャック・ニコルソンのエキセントリックすぎる演技もあって後景に追いやられてしまったこと(例えば、原作での妻のキャラクターは映画のように「受け身」の女性ではない)。もう一つは、作品のタイトルにもなった息子ダニーの持つ力「シャイニング」(特別な力)が、冒頭でも述べたようにおざなりに描かれているところだ。キングにしてみれば、映画『シャイニング』は「自分(息子)と母(妻)を脇に追いやって、憎らしい父親(主人公)ばかりに焦点を当てた作品」ということになるわけだ。

『シャイニング』 (C) APOLLO『シャイニング』
原作「シャイニング」が発表されたのはキングがまだ20代だった1977年のことだが、後に彼はこのタイトルが、ジョン・レノンがプラスティック・オノ・バンド名義で発表した「インスタント・カーマ」(1970年)の歌詞からのインスピレーションであったことを明かしている。つまり、《Well we all shine on / Like the moon and the stars and the sun》(そう、僕らはみんな輝くことができる/月のように、星のように、太陽のように)の「輝く」の部分だ。ちなみにレノンはキューブリックとJ・R・R・トールキン「指輪物語」の大ファンで、ビートルズ在籍時にキューブリックのオフィス(キューブリックは1961年にニューヨークからロンドンに移住して以来、生涯ロンドンに活動拠点を置いた)を訪れて、ビートルズとして出演も楽曲の提供もするから「指輪物語」を映画化してほしいと直談判したが、キューブリックはそのアイディアを却下した。

『ドクター・スリープ』は映画続編&映像化作品として完璧な仕上がりに


『ドクター・スリープ』 (C)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
話を戻そう。映画『シャイニング』では、主に「悪しきもの」を呼び寄せる力として描かれていた「シャイニング」(≒特別な力)だが、レノンの歌詞からのインスピレーションであることからわかるように、本来そこには「善きもの」をこの世界にもたらす力という側面もあった。そして、それはきっと少年時代のキングにとっては、アルコール依存症の父親に支配された家庭の中で自分の未来を信じる力でもあったはずだ。マイク・フラナガンによる映画『ドクター・スリープ』が、その「シャイニング」(≒特別な力)をめぐる「善」と「悪」の戦いの物語となったのには、そのように正当な理由があるのだ。

『ドクター・スリープ』 (C)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
キングが小説「シャイニング」の続編となる小説「ドクター・スリープ」を発表したのが2013年。その映画化をマイク・フラナガンが手がけるとの第一報が入った時、彼ほどの適任はいないだろうと思った。キングもその強い影響下にある作家、H・P・ラヴクラフトへのオマージュに満ちた『オキュラス/怨霊鏡』(2014年)、まるで『シャイニング』のように少年の見た悪夢(ビジョン)が現実の世界に侵食していく『ソムニア -悪夢の少年-』(2016年)。フラナガン作品は、その物語設定や状況設定の面白さだけでなく、若手監督によるホラー映画にありがちな「投げっぱなし」には終わらず、その初期作品から見事な「まとめ力」と「着地点の美しさ」が特徴的だった。映画『ドクター・スリープ』においても、『シャイニング』が小説と映画で結末が異なることを逆手にとったオーバールック・ホテルでのクライマックスを用意することで(ちなみに小説では『シャイニング』の時点でホテルは焼失している)、映画『シャイニング』の続編として存分に楽しめる作品でありながら、小説「ドクター・スリープ」の映画化としてもパーフェクトと言っていい仕上がりとなっている。ちなみに、キングは今回のフラナガンによる映画『ドクター・スリープ』を絶賛している。

『ドクター・スリープ』マイク・フラナガン監督 (C)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved『ドクター・スリープ』マイク・フラナガン監督
ところで、作品の公開後にこちらが目をキラキラ(シャイニング)させて「『ドクター・スリープ』観た?」と訊くと、「いや、ホラー映画が苦手だから『シャイニング』も観たことがなくて」というリアクションをされることが思いのほか多い。敢えて言ってしまうが、映画『シャイニング』は(キングがなんと言おうと)間違いなく映画史に残る名作ではあるが、ホラー映画好きからすると決して「怖い映画」の部類には入らない。そして、今回の映画『ドクター・スリープ』はさらにホラー映画というジャンルから離れて、ストレートなエンターテインメント大作となっている。「特別な力」が物語の推進力になっているという点では、それこそスーパーヒーロー映画のような。あるいは、本作の主人公ダニー役のユアン・マクレガーがかつて演じ、今後スピンオフで再演することも決定しているジェダイ・マスターのオビ=ワン・ケノービ(『スター・ウォーズ』)さえ彷彿とさせるような。なので、ホラー映画が苦手な人も安心して楽しんでいただきたい。
《text:宇野維正》

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