『ベイビー・ブローカー』ソン・ガンホからイ・ジウンまで、世代もキャリアも異なる5人が是枝作品に集った軌跡

ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、イ・ジウン、ペ・ドゥナ、イ・ジュヨン。赤ちゃんを高く売りたいブローカーと、赤ちゃんの実の母親、彼らを追いかける女性刑事による奇妙な旅路を描いた『ベイビー・ブローカー』に、奇跡的に集まった5人の韓国俳優たちに迫った

韓流・華流 コラム
『ベイビー・ブローカー』本ポスター (C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED
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  • 是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』凱旋記者会見
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『万引き家族』でカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを受賞した後、フランスの名優たちを迎えて『真実』を手掛けた是枝裕和監督が、次にタッグを組んだのが韓国映画界。

コロナ禍にオール韓国ロケを行った『ベイビー・ブローカー』には、米アカデミー賞作品賞受賞の『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホ、『新感染半島 ファイナル・ステージ』のカン・ドンウォン、さらに韓国で“国民の妹”として絶大な人気を誇るシンガーソングライターのIUことイ・ジウン

そして、是枝監督と『空気人形』以来の再タッグが実現したペ・ドゥナ、ドラマ「梨泰院クラス」で日本でも知られるようになったイ・ジュヨンと、監督曰く「信じられないくらいトップレベルの俳優たち」が集結。「それが作品にとって大きな力になっている」とカンヌの地で語ったように、監督の作風である一見穏やかで、ゆるやかながら不穏な時間の流れの中にいる韓国俳優たちは、それぞれに真骨頂ともいえる演技や新境地を見せている。

韓国では「ベイビー・ボックス」と呼ばれる“赤ちゃんポスト”は、宗教的な背景や養子縁組をめぐる法改正(養子縁組に出生届提出が必須になった)の影響もあって2013年頃から預け入れが急増。日本と同様に、社会が見過ごしてはならない命にかかわる重大な課題となっている。そんな中で、赤ちゃんを高く売りたいブローカーと、赤ちゃんの実の母親、彼らを追いかける女性刑事による奇妙な旅路を描いた『ベイビー・ブローカー』に、奇跡的に集まった5人の俳優たちに迫った。


“ブローカー”役を当て書き!
ソン・ガンホ、韓国俳優初のカンヌ男優賞


「パク・チャヌクさん、ポン・ジュノさん、イ・チャンドンさん、どの監督で受賞してもおかしくなかった」のに「僕が監督したタイミングで受賞は申し訳ないなと…(笑)。韓国の監督たちにとっては“僕らのソン・ガンホ!”の気持ちがどこかにあるんじゃないかと思う」と謙遜しながら、本作のブローカー、ハ・サンヒョン役によってカンヌ国際映画祭男優賞に選ばれたソン・ガンホについて語っていた是枝監督。

ソン・ガンホは1967年1月17日生まれ、韓国南東部の慶尚南道(キョンサンナムド)、本作の舞台の1つである釜山市に隣接する金海市の出身。映画デビューはホン・サンス監督の『豚が井戸に落ちた日』(96)。日本でもヒットした『シュリ』(99)の脇役を経て、先日カンヌで監督賞を受賞したパク・チャヌク監督による『JSA』(00)と、『JSA』に次ぐ大ヒットとなったキム・ジウン監督の異色プロレスコメディ『反則王』(00)により、その芸域の広さを示して大きく注目を集めるように。パク・チャヌク監督の復讐三部作の1つ『復讐者に憐れみを』(02)にも主演、『渇き』(09)で演じたヴァンパイアとなるカトリック神父の名がそういえばサンヒョンだった。

キム・ジウン監督ともその後、イ・ビョンホンやチョン・ウソン共演『グッド・バッド・ウィアード』(08)、コン・ユやハン・ジミンら共演『密偵』(16)で組んでいる。『殺人の追憶』(03)『グエムル -漢江の怪物-』(06)から『スノーピアサー』(13)『パラサイト 半地下の家族』(20)まで、ポン・ジュノ監督の盟友としても知られる。連続殺人犯を追う刑事から、情けないお父さん、盧武鉉大統領の弁護士時代、光州事件に巻き込まれるタクシー運転手、韓国の麻薬王、ハングルの始まりを築いた朝鮮王朝の名君・世宗など、演じてきた役は数えきれないほど。

『シークレット・サンシャイン』

是枝監督とは6年ほど前に、釜山国際映画祭で初めてミーティングの機会を持ったというが、監督は当初からソン・ガンホを念頭におき、犯罪者でありながら善意と温かみが同居するブローカーのキャラクターとストーリーを膨らませていったという。お節介で人がよく、自然体のようでいてその裏に浅はかな計算が覗くのは、悲劇と苦難に襲われるチョン・ドヨンを傍らで見守り続けたイ・チャンドン監督作『シークレット・サンシャイン』(07)のジョンチャンのよう。

ジョンチャンがシネ(チョン・ドヨン)を車に乗せて運転手になるのはいつも、彼女が切羽詰まったときだった。『ベイビー・ブローカー』でも若い母親ソヨン(イ・ジウン)への接し方にその姿が重なるが、やがては肩透かしをくらうことになるのだ。


ソン・ガンホとはまるで“義兄弟”!? カン・ドンウォン


クリーニング屋を営む傍ら、赤ちゃんを高く売るブローカーであるサンヒョンの相棒ユン・ドンスを演じたのがカン・ドンウォン。ベイビー・ボックスのある教会でボランティアをしているドンス自身、親に捨てられた過去があり、そうせざるを得なかったソヨン(イ・ジウン)の本音を誰よりも理解し、寄り添っていく。むしろ最も真剣に赤ちゃんの安心できる預け先を探していたのは、彼だったかもしれない。

ソン・ガンホとは『義兄弟 SECRET REUNION』(10)の共演以来、親交が続いており、本作で12年ぶりの共演となったが、まったく似ていないのに息が合う様子はまさしく義兄弟という言葉がぴったり。

1981年1月18日、釜山広域市生まれ。モデルとしてパリコレにも出演した後、ペ・ドゥナ共演のハートフル・ラブロマンス「威風堂々な彼女」で俳優デビュー、財閥御曹司を演じたロマコメ「1%の奇跡」(ともに03)や、女性詐欺師に翻弄される映画『彼女を信じないでください』、“ザ・韓流”の三角関係が「クローズ」の世界で展開する映画『オオカミの誘惑』(ともに04)で主演を飾り、青龍映画賞の人気スター賞や百想芸術大賞の男性人気賞を受賞するなどブレイクする。

アイドル俳優からの脱皮を試みていく中で、ソル・ギョング主演『あいつの声』(07)では慶尚道出身とされる冷酷な誘拐犯の“声”を演じたことも。そして『義兄弟』では、北の工作員であることを隠しながら、北の凄腕暗殺者を捕らえたい元国家情報員ハンギュ(ソン・ガンホ)と一緒に暮らし、葛藤しながら人間性を見せていくジウォン役を好演した。

『義兄弟 SECRET REUNION』

兵役後は『群盗』(14)でハ・ジョンウ、『プリースト 悪魔を葬る者』(15)でキム・ユンソクと共演、詐欺師役でファン・ジョンミンと共演した『華麗なるリベンジ』(16)が累積観客動員4000万人を越える大ヒットとなり、イ・ビョンホンやキム・ウビンと共演した『MASTER/マスター』(16)もヒットに導いた。もちろん『1987、ある闘いの真実』(17)での民主化デモに参加する大学生役も忘れがたい。

初の父親役に挑戦した『世界で一番いとしい君へ』(14)や、伊坂幸太郎の同名小説が原作の『ゴールデンスランバー』(18)での“人のいい”普通の男役も意外なほどよく似合う。是枝監督は、優しさと寂しさをたたえた射抜くようなその眼差しを絶賛するとともに、「彼の広い背中を、何か悲しみのような感情を伴うものとして撮りたい」と語っており、本作で彼の背中が語るものにも注目だ。


赤ちゃんを預け、売ろうとする…矛盾を抱えた母親役イ・ジウン


教会のベイビー・ボックスに一度は我が子ウソンを預けに来ながらも気が変わり、ひょんなことから“ブローカー”のサンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)の旅に同行することになる母親ムン・ソヨン役に抜擢されたのが、アーティスト・IU(アイユー)としてお馴染み、俳優活動では本名を使用しているイ・ジウン

1993年5月16日、ソウル特別市生まれ。2008年、中学3年のときに歌手デビュー。IUは“I”と“YOU”の合成語で、「あなたと私が音楽で1つになる」という意味が込められている。その圧倒的歌唱力と音楽センスでヒット曲を連発し、“国民の妹”や“K‐POPクイーン”ほか、“CM女王”としても知られ、日本はもちろん世界中にファンがいる。幼少期に経済的困窮を経験しており、積極的に慈善活動を行うことから“寄付天使”との呼び名もある。本国の報道によると、今年の誕生日にも聴覚障害をもつ子どもたちや、経済的困難を抱える家庭や児童養護施設、障害者保護施設への支援のために2億1000万ウォン(約2100万円)を寄付したという。

すでに至るところで言及されているが、是枝監督はステイホーム期間にドラマ「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」(19)で俳優イ・ジウンにハマり、本作の出演をオファーした。多額の借金と誰にも言えない過去を抱え、聴覚障害のある祖母とふたり暮らしの“ヤングケアラー”で派遣社員のイ・ジアンを演じた彼女の抑えた演技とハスキーボイスに魅了され、監督はすっかりファンになってしまったそうで、初めての韓国映画の重要な役に彼女を起用したのも頷ける。

そして『ベイビー・ブローカー』の母親ソヨンもまたジアンのように寡黙で、自分自身のことは何も語らない。彼女が産んだけれども育てられなかった背景を、観客は義父母捜しの旅路を通して少しずつ知っていくことになる。なお、是枝監督は彼女の出演が決まってから、その歌声を披露するシーンを脚本に書き加えたという。

俳優としては、ペ・ヨンジュンとJ.Y.Parkことパク・ジニョンが制作した2011年の「ドリームハイ」が連続ドラマ初出演。その後、「プロデューサー」(15)「麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~」(16)「ホテルデルーナ~月明かりの恋人~」(19)など定期的にドラマ出演し、「マイ・ディア・ミスター」で2018 アジア太平洋スターアワード最優秀演技賞を獲得、ドラマも百想芸術大賞作品賞、脚本賞をW受賞した。同作は年月を経ても評価を集め続けており、“人生ドラマ”(心に残る一生もののドラマ)に挙げる人も多い。ちなみに、「マイ・ディア・ミスター」に出演したソン・セビョクも『ベイビー・ブローカー』に出演している。

劇場公開映画への出演は今回が初めてだが、Netflixで配信されている短編オムニバス映画『ペルソナ -仮面の下の素顔-』ではちょっと小悪魔的だったり、短絡的な女子高校生だったりと様々な表情のイ・ジウンに出会うことができる。その1編「ラブセット」では“父親の彼女”役のペ・ドゥナと共演、テニス対決が見ものとなっている。IUとしてのYouTube番組「IUのPalette」に本作キャスト陣が出演した際には、ソン・ガンホから「こんなにもハキハキして明るい姿を初めて見て不思議な気持ち」と言われるほど、現場では相当役に入り込んでいたようだ。


「捨てるなら、産むなよ」先入観や偏見が覆されていく刑事役ペ・ドゥナ


本国はもちろんハリウッドでも活躍するペ・ドゥナと『空気人形』(09)に続くタッグを待ち望んでいた是枝監督。まず、ペ・ドゥナに、「ゆりかご」と名づけられたA4用紙4~5枚の本作の初期プロットを読んでもらったそうだ。「捨てるなら、産むなよ」。本作の物語は彼女が演じた刑事アン・スジンのこのセリフから始まっていく。

「彼女の目線を通して、車の外から見ていたら単なる犯罪者の集まりである彼ら、そして売られていく赤ん坊を見る」、そして「2時間の映画を通して色々なところから揺さぶっていきながら、スジンの中で彼女の言葉や、考え方、目線、母親に対する意見がどういう風に変わっていくのか、それが、映画の縦軸になる」と監督が説明するように、ベイビー・ボックス/赤ちゃんポストに対する、おそらく最も一般的な意見を持ったキャラクターを信頼を寄せるぺ・ドゥナに託したわけだ。スジンは「秘密の森」(17、20)のヨジンのように冷静で理性的な刑事だが、赤ちゃんの行方と母親ソヨンに対する複雑な感情は隠しきれない。

1979年10月11日、ソウル特別市生まれ。『ほえる犬は噛まない』(00)『子猫をお願い』(01)ほか、新米ママを演じた『頑張れ!グムスン』(02)といった作品で唯一無二の存在感を発揮し、日本映画『リンダ リンダ リンダ』(05)では「ザ・ブルーハーツ」の女子高校生コピーバンドの1人を演じた。ソン・ガンホとは『復讐者に憐れみを』『グエムル -漢江の怪物-』『麻薬王』(18)でも共演、『私の少女』(14)では少女を救うべく疑似家族のようになる女性刑事役だった。

『私の少女』

映画『クラウド アトラス』(12)やNetflixシリーズ「センス8」(15-18)などでウォシャウスキー姉妹とも長らく組み、「キングダム」(19-20)や「静かなる海」(21)といったNetflix韓国オリジナル作品ヘの参加で世界的知名度を誇る韓国俳優の1人である。

ハリウッドで別作品の撮影があり、カンヌ国際映画祭には出席できなかったものの、『ペルソナ -仮面の下の素顔-』でも共演していたIUの頼みを快諾し、「IUのPalette」ではビデオレターで挨拶。特に、同じ車で“犯罪者集団”を追うバディとなったイ刑事役のイ・ジュヨンに「(一緒にいることができず)申し訳なく思う。私の分まで頼んだ」とメッセージを送っていた。


いわゆる“犯罪者”とちょっと違う彼らを先輩刑事と追うイ・ジュヨン


ベイビー・ブローカーと赤ちゃんの母親という奇妙な“犯罪者集団”に執着し、赤ちゃんの高額取引の現場を現行犯で捕らえようとする刑事スジン(ペ・ドゥナ)のバディとなる後輩のイ刑事を演じたイ・ジュヨン。是枝監督は、ペ・ドゥナとスクリーン上で並び合うことのできる若手俳優を探し、ドラマ「梨泰院クラス」(20)でパク・セロイ(パク・ソジュン)の仲間となるトランスジェンダーのマ・ヒョニ役で鮮烈な印象を放った彼女を見つけた。

クールで熱く、独特なエネルギーというのか存在感を放つイ・ジュヨンは、1992年2月14日生まれ。2012年にスクリーンデビュー。待望の日本劇場公開が決まったオフビート感に溢れた映画『なまず』(18)では、信じることに向き合う看護師を演じて第23回釜山国際映画祭「今年の俳優賞」を受賞。ヤン・イクチュンやハン・イェリと共演し、日本では「ハートアンドハーツ・コリアン・フィルムウィーク」にて上映された『春の夢』(16)も是枝監督が目を引いた1作であり、韓国インディーズ映画界では知る人ぞ知る俳優だ。

『なまず』

プロを目指す実在の女子野球選手を演じた初の商業映画『野球少女』(20)で第45回ソウル国際映画祭独立スター賞や、2020アジアアーティストアワードのアイコン賞を受賞。ドラマでも「恋のゴールドメダル ~ボクが恋したキム・ボクジュ~」(16)「キンコンカンコン 恋の始まり」(17)「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」「私だけに見える探偵」(ともに18)などに出演し、スクリーンとTVを行き来してきた期待の実力派。また、短編映画を監督したそうで、「是枝監督に見てもらいたい」と「IUのPalette」で話している。

こうして寄り集まった世代やキャリアも異なる俳優たちが共に過ごしたロードムービーは、やがては“解散”へと帰結する。そこに人間愛に照らされた温かさと残酷な現実による一抹の寂しさが伴うのもまた、是枝作品の醍醐味だ。

『ベイビー・ブローカー』は6月24日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開。


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