『夜明けのすべて』『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督最新作で、主演にシム・ウンギョン、共演に堤真一、河合優実らを迎えた『旅と日々』が、スイス・ロカルノ映画祭にて日本映画18年ぶりとなる最高賞グランプリの金豹賞に加え、若手審査員が選ぶヤング審査委員賞特別賞をW受賞した。
今回の第78回ロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に正式出品された本作は、つげ義春の「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作に、行き詰まった脚本家が旅先での出会いをきっかけにほんの少し歩みを進めるロードムービー。

ロカルノ映画祭は1946年に始まり、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンにならぶ歴史ある国際映画祭。これまで最高賞となる金豹賞を受賞した日本映画には、衣笠貞之助監督の『地獄門』(53)、市川崑監督の『野火』(59)など日本映画界の巨匠による傑作が並ぶ。
近年では青山真治監督『共喰い』(13)や濱口竜介監督『ハッピーアワー』(15)などが出品され、三宅監督作品では『Playback』(12)以来、13年ぶり2本目の出品となっていた。
金豹賞受賞は、日本映画では 2007年の小林政広監督作品『愛の予感』以来、18年ぶり。これまで日本人監督として最高賞を受賞したのは4名のみで、金豹賞となってからは78回の歴史の中で4人目の快挙となった。

三宅監督は本受賞について「とても驚いています。いい言葉がみつかりません。一緒に働いたすべての俳優、すべてのスタッフの本当に美しい仕事が、このロカルノの地で評価されたことを心から光栄に思います」と語り、シム・ウンギョンは「スタッフの皆さんと一緒に旅したゴールがロカルノでとても、とても嬉しいです。審査員の方々、最高です!」と興奮を抑えきれない様子。

河合は「初めて完成を観た瞬間、ずっと心を奪われ続けたこの作品が冠をいただき、心から嬉しい」と感激を言葉で表現。

日本で朗報に接した夏男役の高田万作は「三宅監督をはじめチームの情熱と挑戦が、さらに大きく羽ばたくことを願ってやみません」とさらなる飛躍に期待を寄せた。
本作の公式上映を終えた 8月15日以降、海外メディアでも「人間の悲しみと物語の本質をそっと見つめる静謐な傑作。ささやかでありながら、その親しみやすさは観る者の心を捉えて離さない」(Público)、「三宅唱監督は、感情や人物描写、撮影監督・月永雄太が見事に映し出す彼らを取り巻く風景の美しさといった多層にわたる要素を織り込みながら、短編小説のような繊細な世界を紡ぎ出す」(International Cinephile Society)と称賛の声が続いていた本作。

インターナショナル・コンペティション部門審査員長の映画監督リティ・パンからのコメント、ヤング審査員特別賞選出のコメントも到着している。
<インターナショナル・コンペティション部門審査員長リティ・パンによる本作授賞式での評>
最高賞を獲得した作品について。
この作品は非常に繊細で、観る者を心に響く物語へと引き込みます。
映像の美しさが人生の儚さと強さを映し出しています。
物語は巧みに演じられており、ひとつひとつの場面が深い感情を呼び起こし、胸を打つ体験を提供してくれます。

<ヤング審査員特別賞 選出の評>
我々がこの作品を選んだのは、それが「二つの季節」を描写すると同時に、「二つの相反する世界」を語っているからです。そこでは環境そのものが物語の能動的かつ不可欠な要素となっています。
前半では、脚本家は理想化された人生観に結びつく、夏の雨に濡れる海を描き出します。後半では、冬の山が舞台となり、社会の片隅で閉ざされた生き方をする山小屋の主人との関わりをはじめ、より現実的で時に困難な人間関係に直面していきます。
丁寧に構築された映像と、夏と冬の鮮烈な対比は、場所というものがどのように登場人物を形づくり、彼らの選択に影響を与えるのか、そして人生の脆さやリアルな側面をいかに浮かび上がらせるのかを物語っていました。

授賞式、監督&キャストコメント全文

◆三宅唱監督
ロカルノ国際映画祭、審査員の皆様、選考委員の皆様、すべてのスタッフ、そしてすべての観客の皆様に心 から感謝申し上げます。
そしてなにより、この映画に多大なインスピレーションを与えてくださったマンガ家のつげ義春さん、ならびにふたつのマンガの映画化を許諾してくださったつげ正助さんに心から感謝申し上げます。
とても驚いています。いい言葉がみつかりません。一緒に働いたすべての俳優、すべてのスタッフの本当に 美しい仕事が、このロカルノの地で評価されたことを心から光栄に思います。ぼくらは最高のチームです。
この映画をつくるまえ、最悪なことがたくさん起きているこの世界で、一体映画になにができるか、深く悩んでいました。
ただ、この映画を撮りはじめて、私は映画そのものに対する愛や信頼、そしてこの世界への愛をふたたび感 じることができました。完成した映画を通して、多くの方とそれを共有できるなら、とても幸せです。
◆シム・ウンギョン
旅と日々で、李を演じることができて光栄に思います。
監督に頼りながらスタッフの皆さんと一緒に旅したゴールがロカルノでとても、とても嬉しいです。
審査員の方々、最高です!
◆河合優実
びっくりして声が出ました。
三宅唱監督、本当におめでとうございます! 皆で映画を作った道のりのすべて、初めて完成を観た瞬間、ずっと心を奪われ続けたこの作品が冠をいただき、心から嬉しいです。
関わってくれた全ての方と喜びを分かち合いたいです。
<映画祭レポ>満席の会場で、5分超のスタンディングオベーション
スイス南部のマッジョーレ湖畔に位置するロカルノで、毎年8月に行われる国際映画祭である本映画祭(開催期間:8月6日~8月16日)。
本作『旅と日々』の上映が行われた8月15日も地中海性気候らしく強い日差しの照り付ける夏日となった。『Playback』以来のカムバックに注目の集まる三宅監督、今作の主人公・李(イ)の佇まいを思わせるシム・ウンギョン、作中で陰のある女・渚を演じた河合優実が登場。ワールドプレミアに晴れやかな笑顔で参加した。

先駆けて行われた記者会見では三宅監督が「(今回)1本の映画で別の季節を感じることによって、映画を観るときに新しい経験が出来るのではないかと思い、夏と冬の二つの季節を描くことにした」と説明。
「原作者であるつげ義春さんが漫画という芸術と向き合い、追及し続けているのと同じように、自分自身も映画そのものの本質的な部分を探求できるいい機会であり、挑戦だった」と本作の映画の出発点をふり返ると、実際に演出を受けたシム・ウンギョンと河合が「念願の三宅監督と仕事ができて嬉しい」と口をそろえた。
公式上映では、インターナショナル・コンペティション部門作品の上映会場であるPalexpo(FEVI)の2,800もの席は満席に。
上映前には、「私たちの映画を見にきてくれたみなさんに感謝します。ランチ後の上映は眠くなるものですが、ご安心ください。次々と移り変わる映像とシーンの連なりで、皆さんの目も耳も、その他すべての感覚を心地よく目覚めさせます。映画をお楽しみください。ボンボヤージュ!」という三宅監督の挨拶を皮切りに、「今日、ここで映画を観ることを楽しみにしていました」とシム・ウンギョン、そして「世界のどの国の人でも共有できる感覚がある映画」と河合が、それぞれにこれから作品を観る観客にメッセージを投げかけた。
上映中はときおり笑い声が起こりながらも作品世界を味わうかのように静まっていた会場が上映後は一変、エンドロールが始まると拍手喝采が巻き起こり、場内が明るくなるとスタンディングオベーションが5分超続き、三宅監督、シム・ウンギョン、河合らもそれにこたえるように会場内に手を振り、それぞれに握手を交わし、充足感の溢れる表情を見せた。

続けて行われたQ&Aでは、三宅監督の「13年前に来て以来、ここロカルノに戻ってきたいと思っていた」という、本映画祭への熱い想いをこめたひと言からスタート。
シム・ウンギョンが「今作では、今までと違うアプローチをした。役になるというよりも、そのまま(作品の中を)生きるということを意識した」と演じた主人公の李に共鳴した経験を明かすと、河合も「その人物のバックボーンよりも、目の前にある風景、見知らぬ人に対して、どのように反応するか、という”今この瞬間”ということをすごく意識した」と話した。

人と人との関わりが、とても深いところでされている作品だと感じた、という感想があげられると、「お互いの名前も名乗り合わないような、旅から帰ったらもしかすると忘れてしまうかもしれないような短い出会いを描こうと思った」と監督。
「他者への不寛容や恐れが広がる世界で、他者同士がどんな時間を過ごせるのか、物語を描くことで世界の別の可能性をつくりたいと考えていたし、映画監督としては、そういったテーマを実際にどのようにフレームに収めて撮っていくのかということも重要だと感じている」と語った。
さらに、前半と後半で描かれ方の変わっていく本作で意識していたこととして、「前半は初期映画がもっていた記録性について考えていた。後半にいくにつれ、古典的なアメリカ映画や、それに影響を受けた日本映画をベースにつくりたいと思っていた。結果、観た人から”新しい古典映画”と言ってもらえるものになった」と本作での挑戦をふり返り、1時間にも及んだQ&Aイベントは終了した。
『旅と日々』は11月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国にて公開。


