広瀬すずを主演に迎え、カズオ・イシグロの長編小説デビュー作を映画化した『遠い山なみの光』。公開に先駆けた8月20日(水)、日本外国特派員協会上映と記者会見が行われ、石川慶監督が登壇。イギリス、ポーランドとの3か国合作となった本作の制作秘話や、ワールドプレミアとなったカンヌ映画祭について海外メディアに向けて語った。
本作は1950年代の長崎と、1980年代のイギリスを生きる3人の女性たちの知られざる真実を描くヒューマンミステリー。
この日、上映会後のQ&Aに登壇した石川監督は「(同所でのQ&Aは)実は今回3回目になりまして、『10年』と『ある男』なんですけど、毎回、刺激的な質問をいただくことが多いので、今回もみなさまからのご感想を楽しみにしています」と流ちょうな英語で、まず挨拶。
そして、原作のカズオ・イシグロ氏と仕事をする上で緊張したか尋ねられると「ここにカズオさんがいてくれたらと思うんですけど、最初はすごく緊張していたんですが、本当にチャーミングで気さくな方で、日本映画が大好きなんです」と回答。
「話をしていたらすぐ日本映画の話に脱線してしまうくらいで、こちらが“この人はノーベル賞作家なんだ”と言い聞かせながら話さないと忘れちゃうくらいの方でした」と、その人柄を明かし、「今回、映画を作るにあたっても前向きに『最初の小説なのでいろいろ間違いもあるけど、もしいま(改めて)書けるとしたら、自分だったらこうする』といろんなアイディアをいただいて、最後のほうは緊張というのはなかったです」と笑顔。

本作は、第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品されたが、カンヌでイシグロ氏と一緒に本作を見たそうで「終わったときに『素晴らしかった』と固く握手していただいて、いまでもその感触を覚えています」と嬉しそうに話した。
「彼女たちの演技力の賜物」女優陣の熱演称える
また、長崎時代の悦子を演じる広瀬すずと、イギリス時代の悦子を演じる吉田羊が、同一人物に見えたという方から、長崎時代の悦子の友人・佐知子を演じる二階堂ふみの3人をキャスティングした理由を聞かれた石川監督。

「日本人にとっては広瀬すずさんも吉田羊さんもビッグスターなので、同一人物だと思って見るのはなかなか難しい。ただ、どこか似ているところがあるなと思ってキャスティングした部分はあるんです。自分もチャレンジングでしたが、共鳴し合いながら同じような女性に見えてくるというのは、彼女たちの演技力の賜物だと思っています」と女優陣を称えた。

本作を制作するにあたり、過去の戦後の話を舞台とした作品から影響を受けたか尋ねられると、「最初に(悦子の義理の父・)緒方役の三浦(友和)さんとお話をしたときに、三浦さんが開口一番『僕に(東京物語の)笠智衆をやれってことじゃないよね』っておっしゃったんです。それくらいこの題材プラス長崎、原爆というのは重いトピックとしてあって、いま自分たちの世代が何をできるかということを考えると、すごく難しい映画ではあると思っています」と吐露。

「その中で小津(安二郎監督)、成瀬(巳喜男監督)の映画をもちろん参照しながらも、自分たちのストーリーテリングでこの時代のことを語っていきたいなと。そういう意味では昔の映画というよりも、資料を漁って当時の長崎がどれくらい復興していて、そのときの女性たちがどういう生き方をしていて、どういうファッションで、どういうものを食べていてというものに手がかりを求めようと、美術部スタッフ、キャストと話して作っていきました」と明かした。
「一人ひとりのバックグラウンドをしっかり見つめた」
小説ではあまり描かれない、三浦演じる緒方のストーリーも映画では描かれているが、脚本を書く上でどのようなところを補足して描いていこうと思ったのかと質問されると「そもそも自分はイシグロ文学の大ファンでして、『日の名残り』がすごく好きなんですけど、カズオさんと話して興味深かったのは、このお話の中の緒方は、カズオさんも気に入っているキャラクターだったそうです」と監督。
「『十分に語り尽くせなかったので、このキャラクターは『日の名残り』のスティーブンスを延長して使ったんだ』とおっしゃっていて、自分が映画史上一番好きと言っても過言ではないくらいのキャラクターがこの小説にいるなら、ちゃんと扱わないとなとまず思いました」と声を弾ませる。
「それ以外にも今回は女性たちの物語ではありますが、その裏で男性たちがどういうふうに生きていたか。そういう意味では息子の(松下洸平が演じる)二郎もかなり膨らませてキャラクターを作っていますが、その辺をおろそかにせずに一人ひとりのバックグラウンドをしっかり見つめたいなと。いまの人たちにはリアリティを持って描かないと届かないんじゃないかなというのが一番大きくありました」と語った。

悦子と次女・ニキ「2人の関係は大きなトピック」
さらに、イギリス時代の悦子と、悦子から長崎時代の話を聞き出す次女のニキ(カミラ・アイコ)の関係性を聞かれると「このお話は悦子の記憶の話で、悦子が長崎をどういう風に覚えているか、かつ悦子が語ったことと語れなかったこと、そういったものに大きな意味があるなと思っていて、自分の親とかを思うと、断片的なことは聞いているけど、全体としてはよくわからなくて、その思い出が母親やおばあちゃんという人物像を物語っているなという思いがありました」と話す。
「ニキが悦子の話を聞いていて、全部わかる必要はないなと思ったんですよね。ニキのセリフで『私は時代のことも戦争のことも全部わかったとは思えない。でもそういう母親を全部引き受ける』というのがあるんですけど、そういう渡し方が記憶の継承でもあるし、もっと大きな意味でも歴史はそういう風に伝わっていくものじゃないかなと思って、そういう意味合いで母と娘の小さな話ですけど、自分にとっては2人の関係は大きなトピックに見えていました」と語った。

日本の観客、そして世界の観客に響くように、どのように作っていったか尋ねられると「この映画は原爆、長崎というのが大きなテーマとして中心にありますけど、反核だけじゃなくてジェンダー問題とかイミグレーションもあるし、戦後、おじいちゃんおばあちゃん世代が一生懸命戦って勝ち取ってきた日本の新しい価値についての映画だと自分は思っていて、そう思うと日本だけの問題じゃないし、なおかつ戦後、自分たちの親世代が勝ち取ってきた価値というのがいま、危うくなっていると考えると、世界中いろんな人にしっかり響くと思うし、しっかり届けたいなという思いで映画を作りました」と言葉に力を込めた。

また、この小説を映画化しようと思った理由と、戦後80年というタイミングでの映画化という点に意味はあるのかと質問された石川監督は、もともと同小説を映画化したいと思っていたが、原爆や戦争というトピックは、自身より上の世代の戦争を経験した人たちが作るべきという思いがあったそう。
「いま、戦後80年で、戦争を経験された方たちがどんどんいなくなっていくって考えたときに、自分たちのストーリーじゃないって逃げていたら、いままでは記憶の話だったのに、これからは記録の話で歴史になっちゃうじゃないですか。でももっと小さな記憶の話として語り継ぐという意味でいうと、自分たちがやる必要があるなと思いました」と胸中を明かす。
「この話で自分が勇気づけられたのは、カズオさんが遠くイギリスから長崎のことをイメージしながら書かれて、しかも英語で書かれていて、この距離感というのは自分たちとこのトピックの距離感とすごく近いと感じましたし、語り口もすごく現代的であったので、オールドジェネレーションの方たちのやり方をそのままトレースするんじゃなくて、自分たちのやり方でこの時代を語れるんじゃないかなと思ったことが、今回映画化に踏み切った大きなモチベーションでした」と目を輝かせていた。

『遠い山なみの光』は9月5日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国にて公開。



