2000年代初頭、第一次韓流ブーム時に日本中を熱狂の渦に巻き込んだ「元祖韓流四天王」のペ・ヨンジュン、イ・ビョンホン、チャン・ドンゴン、ウォンビン。あれから約20年、気がつけば4人全員が40代後半~50代を迎えている。
【関連】ペ・ヨンジュン、“白髪”になって姿を現すもスターオーラは消えず…活動休止状態でも人気はいまだ健在!
しかし、かつて同じ頂点に立った彼らの「現在地」は驚くほど激変。50代にして世界を舞台に走り続ける“超・現役組”がいる一方で、生活の拠点をハワイや地方での農業生活など、華やかな表舞台を去り“第2の人生”を謳歌するスターも。私たちの青春を彩った4人の、あまりにも対照的な「美しき現在地」を徹底追跡する。
今なお絶大な人気を誇る、初代韓流ブームの火付け役
ペ・ヨンジュン

1972年8月29日生まれ。韓国・ソウル出身。1994年のドラマ『愛の挨拶』でデビューした。1996年放送のドラマ『初恋』は最高視聴率65.8%を記録し、韓国ドラマ史に残る大ヒット作となった。
トレードマークの眼鏡越しに見せる優しい笑顔で多くの女性を魅了したペ・ヨンジュン。2003年に日本で放送された『冬のソナタ』のカン・ジュンサン役で大ブレイクを果たし、甘いルックスと紳士的な振る舞いから“微笑みの貴公子”と呼ばれた。日本では主婦層を中心に社会現象級の人気を巻き起こし、「ヨン様」の愛称で親しまれた。
その後もドラマ『大王四神記』、映画『スキャンダル』『四月の雪』などに出演。2011年のドラマ『ドリームハイ』への特別出演以降は俳優活動をほぼ休止しており、近年は実業家としての活動が中心となっている。
(羽田空港、大パニック!)
『冬のソナタ』の大ヒットを受け、2004年4月に初来日。羽田空港には数千人規模のファンが詰めかけ、到着ロビーは大混雑となった。当時の報道は連日大きく取り上げられ、日本における韓流ブームを象徴する出来事として語り継がれている。その後の来日時には警備体制が大幅に強化されるなど、社会現象ぶりを改めて印象づけた。
(トレードマークの眼鏡の秘密…)
ペ・ヨンジュンといえば眼鏡姿を思い浮かべるファンも多い。デビュー初期から眼鏡を着用した役柄を演じることが多く、その知的で柔らかなイメージは彼の代名詞となった。やがてそのスタイルは“ヨン様ファッション”として広く浸透し、日本でも眼鏡ブームを巻き起こした。
実業家・投資家への華麗なる転身
俳優として成功を収めたペ・ヨンジュンは、芸能事務所KEYEAST(キーイースト)の筆頭株主として経営にも携わった。同事務所はキム・スヒョンをはじめとする人気俳優が所属する大手芸能事務所へと成長し、2018年にはSMエンターテインメントが経営権を取得。ペ・ヨンジュンは保有株式を売却し、現金とSM株式を取得した。
近年は俳優活動をほぼ休止し、実業家・投資家として活動。ホームサービスや化粧品関連など将来性のある企業への投資を行うなど、ビジネスの分野でも存在感を示している。
女優パク・スジンとの結婚、そして父親に

2015年、自身が経営に携わっていたKEYEAST所属の女優パク・スジンと結婚。13歳差のカップルとして大きな話題を呼んだ。交際期間は約3カ月と短かったが、ゴルフやワインなど共通の趣味を通じて急速に距離を縮めたとされる。
結婚式は非公開で行われたが、後にSNSなどを通じて幸せそうなウエディング写真が公開された。
その後、長男と長女が誕生。現在は芸能界の第一線から距離を置き、家族との時間を大切にしている。韓国メディアでは、子どもの教育環境を考慮して家族でハワイを拠点に生活していると報じられている。
ヨン様の近況は…?
近年は公の場に姿を見せる機会がほとんどないペ・ヨンジュンだが、2026年6月にはシンガポールで目撃されたことが話題となった。報道によると、妻のパク・スジンや子どもたち、さらにパク・シネ、チェ・テジュン夫妻らと家族旅行を楽しんでいたという。
公開された写真では、白髪交じりのロングヘアという自然体の姿を披露。かつての“微笑みの貴公子”のイメージとは異なる落ち着いた雰囲気を見せた一方で、端正なルックスと存在感は健在で、多くのファンから「年齢を重ねても素敵」「変わらないオーラを感じる」といった反応が寄せられた。
韓国だけに留まらず、ハリウッドでも活躍する国際派俳優
イ・ビョンホン

1970年7月12日生まれ。韓国・ソウル出身。
日本ではドラマ『美しき日々』や『オールイン 運命の愛』などで大ブレイク。吸い込まれそうな美しい笑顔は「キラースマイル」と称され、多くのファンを虜に。一方で、映画『JSA』や『甘い人生』で見せた骨太でハードな演技も高く評価され、女性ファンのみならず多くの男性ファンも獲得した。現在も韓国を代表する俳優として第一線で活躍し、ハリウッド作品への出演や国際的な活動を続けている。
(少年時代の夢を叶えた“手形セレモニー”)
イ・ビョンホンのハリウッド成功を象徴するエピソードとして語り継がれているのが、2012年に行われたチャイニーズ・シアターでの手形・足形セレモニーだ。
彼は韓国人俳優として初めて、ハリウッドの名だたるスターたちと並んで手形と足形を刻む栄誉を手にした。
後に本人は、若い頃にハリウッドを訪れた際、スターたちの手形を眺めながら「いつか自分もここに名前を残したい」と憧れていたことを明かしている。その夢を自らの力で実現させた姿は、多くの後輩俳優たちに希望を与えた。
ハリウッド進出初期の孤独と葛藤
映画『G.I.ジョー』シリーズで本格的なハリウッド進出を果たした当初は、言葉や文化の違いに苦労し、強いプレッシャーを感じていたという。
華やかな世界に見られがちだが、本人は後に「孤独だった」と振り返っている。しかし、次第に考え方を切り替え、「どんな状況でも楽しもう」と前向きな姿勢を身につけたことで壁を乗り越えていった。
一度は別れた恋人との“運命の再会”
2006年、知人の紹介で出会った女優のイ・ミンジョンと交際。しかし、お互いに多忙だったこともあり、一度は破局を迎えた。
その後、授賞式の会場で再会したことをきっかけに再び連絡を取り合うようになり、2012年に交際を公表。復縁を経て愛を育み、2013年8月に結婚した。
現在は二児の父としても知られ、俳優として第一線で活躍しながら家庭も大切にしている。
50代で迎えた“第2の黄金期”

50代半ばを迎えた現在も、その勢いは衰えることを知らない。
Netflixシリーズ『イカゲーム』でフロントマン役を演じ、世界的な注目を集めたイ・ビョンホン。近年も映画・ドラマの話題作に次々と出演し、韓国を代表する俳優として確固たる地位を築いている。
若き日の韓流スターから実力派俳優へ。年齢を重ねるごとに演技の深みを増し、現在まさに俳優人生の“第2の黄金期”を迎えている。
彫刻のような完璧なビジュアル「彫刻美男」で一世を風靡
チャン・ドンゴン

1972年3月7日生まれ。韓国・ソウル出身。
最高視聴率45.2%を記録した2000年のドラマ『イブのすべて』で、優しく知的なエリートディレクター役を演じ、韓国のみならずアジア全域で人気を獲得した。その後、映画『友へ、チング』では、それまでの端正なイメージを覆す荒々しいヤクザ役に挑戦。同作は韓国で800万人以上を動員する大ヒットとなり、俳優としての評価を大きく高めた。
さらに、ウォンビンと兄弟役で共演した映画『ブラザーフッド』も記録的ヒットを達成。甘いルックスだけでなく、重厚で骨太な演技力を兼ね備えた俳優として幅広い支持を集めた。
(CMでの名台詞が話題に)
日本での人気をさらに押し上げたのが、2005年に放送された化粧品CMだった。
チャン・ドンゴンが日本語で語った「あなたのことが好きだから!」というセリフは大きな話題となり、お笑い芸人によるモノマネも続出。韓流スターとしての知名度をさらに高めるきっかけとなった。
(知られざる意外な過去)
実は俳優としてだけでなく、1990年代には歌手としても活動していた。俳優デビュー作であるドラマ『われらの天国』のOSTに参加し、挿入歌『君に行く道』を歌唱。その後はアルバムをリリースするなど歌手活動も行い、俳優だけでなく歌手としても人気を集めた。また、2012年の主演ドラマ『紳士の品格』でもOST曲『私よりももっと』を歌い、ファンを喜ばせた。
青龍映画賞で新人・助演・主演の3部門を制覇
韓国を代表する映画賞「青龍映画賞」において、チャン・ドンゴンは新人男優賞(1997年『敗者復活戦』)、助演男優賞(1999年『NOWHERE ノーウェアー』)、主演男優賞(2004年『ブラザーフッド』)を受賞。俳優として着実にキャリアを積み重ね、その実力を証明してきた。
愛妻家としても有名

2010年、長年の友人関係を経て女優コ・ソヨンと結婚。韓国では「世紀の結婚式」と呼ばれるほど大きな注目を集めた。
コ・ソヨンが自身のYouTubeチャンネルで明かしたところによると、チャン・ドンゴンはストレス解消の一環として家族のスニーカーや靴を丁寧に手入れすることがあるという。トップスターらしからぬ家庭的な一面に、多くのファンが親近感を抱いた。
夫婦そろって、新たなスタートへ
2026年には妻コ・ソヨンとともに芸能事務所エースファクトリーと専属契約を締結し、新たなスタートを切った。
近年は映画を中心に活動を続けており、出演作の公開も控えている。また、今年9月には東京で約13年ぶりとなるファンミーティングの開催も予定されており、日本のファンとの再会にも期待が高まっている。
50代を迎えた今もなお、その圧倒的な存在感とスター性は健在。韓流スターの象徴として、これからも多くのファンを魅了し続けていく。
15年以上休業状態が続くも、今なおトップスターとして君臨
ウォンビン

1977年11月10日生まれ。韓国・江原道出身。
韓流四天王の中で最年少のウォンビンは、その圧倒的なルックスから“韓国を代表する美男俳優”として高い人気を誇る。
2000年のドラマ『秋の童話』では、ヒロインを一途に愛する御曹司ハン・テソク役を熱演。切ない眼差しと繊細な演技でアジア中の視聴者を魅了し、一躍トップスターの仲間入りを果たした。
その後も映画『ブラザーフッド』『母なる証明』など話題作に出演。2010年の映画『アジョシ』では、少女を救うため孤独な戦いに身を投じる元特殊要員を演じ、自身の代表作を完成させた。
しかし『アジョシ』以降は映画やドラマへの新作出演がなく、15年以上にわたって俳優活動を休止している。それにもかかわらず、今なお韓国を代表するトップスターとして高い人気を維持している。
(故郷の両親へ贈った“建築賞の家”)
ウォンビンの親孝行ぶりを象徴する有名なエピソードがある。トップスターとなった彼は、故郷・江原道で暮らす両親のために一軒の家を建てた。その住宅「ルートハウス」は、2008年韓国建築文化大賞の一般住宅部門本賞を受賞している。
受賞当初は建築主が本名の「キム・ドジン」と記載されていたため、ウォンビンの家だとは広く知られていなかった。しかし後に本人が両親のために建てた家であることが明らかになり、大きな話題に。豪華さよりも自然との調和を重視した温かみのある住まいだったことも好感を呼び、「ウォンビンらしい親孝行」として今なお語り継がれている。
日韓共同制作ドラマで日本進出
2002年には深田恭子との共演で話題となった日韓共同制作ドラマ『Friends』に出演。
香港で出会った日本人女性と韓国人青年の恋を描いた本作は、日本でのウォンビン人気をさらに押し上げるきっかけとなった。
スクリーンを唸らせる、唯一無二の演技力

出演作品数は決して多くないものの、その存在感は圧倒的だ。
映画『ブラザーフッド』では戦争に翻弄される弟役を演じ、『母なる証明』では知的障害を持つ青年役、『アジョシ』では過去を背負った元特殊要員役を熱演。作品ごとに全く異なる人物へと変貌する圧倒的な表現力は、多くの映画ファンや評論家から高く評価されている。
伝説の“麦畑ウエディング”
2015年5月30日、約3年間の交際を経て女優イ・ナヨンと結婚。
結婚式はウォンビンの故郷・江原道の麦畑で行われ、親族のみが参加する非公開の小規模な式として執り行われた。華美な演出を避けた温かな結婚式は韓国社会でも大きな話題となり、「理想的な結婚式」として広く注目を集めた。その質素で誠実なスタイルは、トップスターでありながら飾らないウォンビンの人柄を象徴するエピソードとして語り継がれている。
俳優復帰を待ち望むファンたち
現在も俳優としての新作出演はないものの、広告モデルとして活動を続けている。
近年も変わらぬビジュアルで話題を集めており、ファンからは「そろそろ俳優として戻ってきてほしい」という声が絶えない。復帰への期待は今なお高まり続けている。
長期にわたりスクリーンから離れているにもかかわらず、その人気と存在感は衰えることなく維持されている。
華やかなブレイクから長いキャリアを経て、それぞれ異なる歩みを続けてきた韓流四天王たち。今もなお第一線で活躍を続ける者、スクリーンから距離を置きながらも圧倒的な存在感を放ち続ける者、それぞれの形で“レジェンド”としての輝きを保ち続けている。時代が移り変わっても色あせることのないその存在は、今なお多くのファンにとって特別な憧れであり続けている。
(文=韓ドラLIFE編集部)
■【関連】チャン・ドンゴン&コ・ソヨン夫妻の息子が驚異の成長…16歳で身長185cm!


