1973年、四日市の裁判をきっかけに公害病認定制度が法律に明記され、2010年11月現在、四日市市には公害認定患者が459人いる。しかし88年に制度が廃止されたことで新たな公害認定は行われず、患者数は年々減少しているが、制度廃止後に気管支ぜん息と診断された人もいた。裁判の原告の1人でいまも四日市市に暮らす78歳の野田之一さんと、公害発生当初から患者たちを追ってきた公害記録人・澤井余志郎さんは、「公害はまだ終わっていない」と話し、町の青空が誰によって奪われたのかを問い続けている――。
cocoレビューを見る阿武野勝彦
鈴木祐司