「伝えたいという気持ちがとても重要」『サラエボの花』ジュバニッチ監督が語る

1992年に勃発し95年まで続いたボスニア紛争。20万人の死者、200万人の難民・避難民が発生したと言われるこの紛争を題材とした作品はこれまでも数多く作られてきた。『サラエボの花』は戦争という名目の下に起こった多くの悲惨な出来事の犠牲者である女性の12年後を描いている。そこにあるのは暴力ではなく、平和を取り戻そうと必死に生きる人々の日常。生命の尊さ、美しさがテーマだ。紛争当時ティーンエイジャーだったヤスミラ・ジュバニッチ監督に話を聞いた。

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『サラエボの花』 ヤスミラ・ジュバニッチ監督
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1992年に勃発し95年まで続いたボスニア紛争。20万人の死者、200万人の難民・避難民が発生したと言われるこの紛争を題材とした作品はこれまでも数多く作られてきた。『サラエボの花』は戦争という名目の下に起こった多くの悲惨な出来事の犠牲者である女性の12年後を描いている。そこにあるのは暴力ではなく、平和を取り戻そうと必死に生きる人々の日常。生命の尊さ、美しさがテーマだ。紛争当時ティーンエイジャーだったヤスミラ・ジュバニッチ監督に話を聞いた。

「戦争の一番過酷な部分はレイプの部分だと思う」と本作を製作したきっかけを語る。
「長年レイプについての映画を撮りたいと思っていました。それは人の尊厳を破壊することだと思うからです。かといって、ドキュメンタリーとして戦争を代弁するような形で描くのではなく、レイプされた、戦争で何が起きたのかということを伝えるだけでは満足できないと思ったんです。人としての尊厳を破壊されたということを語らなければならない。そしてそうした被害に遭った人たちの“生活”が伝わるものでなければならないと思いました。そして、その後どう生きていくのか、どうやって尊厳を取り戻していくのか、どうやって希望を見つけていくのか。特に女性としてそれにどう対面していくのかということが自分にとってはとても大切だったんです」。

しかし、本作を製作することは監督自身にとっても辛い体験を思い出すこととなる。
「まずひとりのアーティストとして、伝えたいという気持ちがとても重要なものであるという前提があります。それを人にどうやって伝えていくか、別の世界・視点がどうすれば伝わるのか、そしてそれをどうやって観客に観せるのか…こうしたことが大切になってきます。私自身も戦争という時代を生きて、体験してきました。自分自身に対しても説明することが必要だったんです」。

脚本も監督の手による。繊細なテーマだけに苦労も多かった。
「まず、たくさんのリサーチを行い、たくさんの本を読みました。ボスニアに住んでいるだけで多くのことを知ることはできるのですが、たくさんの女性に会って話をしました。彼女たちの過去については本から得られることが多いので、実際にそのことについて話をしたわけではなかったのですが、彼女たちがいま、どういう生活をしているのかを見せてもらったんです。家に行ってコーヒーを飲みながら、雰囲気や環境を感じて、彼女たちがどのように生きているのかを肌で感じることが大事でした」。

「私にとって一番難しかったのは、自分がまだその社会の一部にいるということ」と言う。
「そのため、距離のとり方が非常に難しかったんです。感情的になりすぎてしまうと、センチメンタルな作品になる恐れがあり、それは避けなければいけないことでした。感情的になりながらも、怒りに走り過ぎないように気を付けました。でも、脚本の第一稿は怒りに満ちたものでした。仕方のない反応かもしれませんが、“どうしてもこれを伝えなければいけない”、“どうしてこんなことが起きたのか”、“どうして誰もこれを止めることができなかったのか”と、怒りがあふれてしまったのです。そこから怒りを取り除き物語を伝えることが必要でした」。

「彼女たちに復讐の気持ちがなかったということを、私はとても誇りに思っています」と顔をほころばせる。
「多くの人がヨーロッパ的でリベラルなムスリムの人たちだったからだと思います。暴力によって問題の答えを見つけ出すことはできないんです。戦争中は銃を手にとって自身の身を守らねばならなかったのですが、戦争が終わった後は特定の機関に任せて、戦犯として処理することが必要です。個人的な意味での復讐がなされるべきではない。人として、きれいな状態にあることがまず大事なんじゃないかと思います」。
《text:cinemacafe.net》

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