『WAVES/ウェイブス』に込められた、フランク・オーシャンへの熱烈な想い

『WAVES/ウェイブス』を音楽で語る切り口はいくつもあるが、まずは何はともあれ、「これはフランク・オーシャンの熱狂的なファンの作った映画である」ということを指摘すべきだろう。

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『WAVES/ウェイブス』 (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
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  • 『WAVES/ウェイブス』タイラー (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
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《text:宇野維正》

2010年のデヴィッド・フィンチャー監督作『ソーシャル・ネットワーク』以降、手がける作品の数は限定されているものの、旋律ではなくサウンドのアトモスフィアとテクスチャーとヘヴィさに重きを置いたその先鋭的な音作りで映画音楽界をリードし続けているトレント・レズナー&アッティカス・ロスによるスコア。テーム・インパラやアニマル・コレクティヴから、ケンドリック・ラマーやカニエ・ウェストまで、インディーミュージックとラップミュージックを横断した「Pitchfork」(アメリカの有力音楽ウェブメディア)的とも言えるジャーナリスティックな選曲。『WAVES/ウェイブス』を音楽で語る切り口はいくつもあるが、まずは何はともあれ、「これはフランク・オーシャンの熱狂的なファンの作った映画である」ということを指摘すべきだろう。

実は“プレイリスト”を作成できない、その理由


『WAVES/ウェイブス』 (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
作中で使用されているフランク・オーシャンの楽曲は、「Mitsubishi Sony」「Rushes」「Sideways」「Florida」「Rushes(Bass Guitar Layer)」「Seigfried」の6曲(正確に言うと5曲6バージョン)。それに加えて、予告編(本国バージョンでも日本バージョンでも)では、「Godspeed」がまるで主題歌のように使用されている。フランク・オーシャンのことをある程度知ってる人であっても、いくつかの見慣れないタイトルに目が止まるはずだ。

それは「Mitsubishi Sony」「Rushes」 「Sideways」「Florida」の4曲が、2016年8月19日に突然Apple Music上でビデオストリーミングされて以来、オフィシャルでは翌年のブラックフライデー(2017年11月27日)に数時間限定(24時間限定だったが数時間で売り切れた)でフィジカル(アナログ、CDとDVDのセット、VHSの3フォーマット)の販売がされただけで、以来、各ストリーミングサービス上にも提供されていないアルバム『Endless』の収録曲だからだ(全45分52秒、最初から最後まで曲がシームレスに繋がっている『Endless』には正式なトラックリストがフィジカルにも記されてなく、曲名はネットなどで確認できるのみ)。また、「Rushes(Bass Guitar Layer)」にいたってはその超限定フィジカル盤にも収録されていない、最初のライブストリーミングでのみ発表されたバージョンだ。

『WAVES/ウェイブス』 (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
『WAVES/ウェイブス』のトレイ・エドワード・シュルツ監督は「この映画では、フランク・オーシャンのアルバム『Endless』の曲を使いたかった。『Blonde』や『Channel Orange』など、フランクの他のアルバムと比べてあまり知られていないからだ」(プレスリリースより)と語っているが、いわば映画製作者という特権的な立場を利用して、フランク・オーシャンに接近してレア音源を借りることに成功したわけだ。「Mitsubishi Sony」をはじめいくつかの曲はリマスター音源を使用していて、「Seigfried」のような超有名曲であってもシーンの展開に合わせてチョップド&スクリュード(サウスのヒップホップ特有のリミックス手法)を思わせるようなエフェクトがかけられていて、曲の終わりもトレント・レズナー&アッティカス・ロスによるスコアに溶け込むような処理が施されている。

『WAVES/ウェイブス』ルーク(C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
本作の日本での宣伝コピーとなっている「プレイリスト・ムービー」という言葉は、トレイ・エドワード・シュルツの「脚本を書く前から、プレイリストを作ったり、脚本に曲の歌詞を書き込んだりした」(同上)からきているようだが、上記のように原曲のいくつかに手を入れているだけでなく、各ストリーミングサービス上には「Mitsubishi Sony」も「Rushes」も「Sideways」も「Florida」も「Rushes(Bass Guitar Layer)」もそもそも一度も存在したことがないので、気軽に本作のプレイリストを作れるわけではないのだ(もちろん、Spotifyにある本作のOfficial Playlistにもそれらの曲は入ってない)。

監督自身とフランク・オーシャンを投影した主人公


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トレイ・エドワード・シュルツのフランク・オーシャンへの執着は、主人公タイラーのキャラクターにも強く反映されている。『WAVES/ウェイブス』の前半部分は、抑圧的な父親との確執という、トレイ・エドワード・シュルツ本人のパーソナルな記憶と体験を元にしているとのことだが、その作者の分身であるタイラーの「脱色&着色した坊主頭」というルックスは、『Blonde』のアートワークを筆頭として、一時期のフランク・オーシャンのトレードマークとなっていたヘアスタイルそのもの。また、実はフランク・オーシャンも、2017年に父親から名誉毀損で訴えられたことで法廷闘争になる(フランク・オーシャンが勝訴した)という、かなり苦い経験をしている。さらには、そのタイラーという名前から、オッド・フューチャー時代から現在にいたるまでフランク・オーシャンと長年強い友情で結ばれている、タイラー・ザ・クリエイターのことを思い浮かべる人もいるだろう(ちょうど全米公開の直前、昨年11月に開催されたタイラー・ザ・クリエイターが主催するフェスCAMP FLOG GNAW CARNIVALの会場でも盛んに本作のプロモーションがおこなわれていた)。

フランク・オーシャンを取り巻くファンダムは、歴史に名を残すようなスーパースターが群雄割拠している現在のアメリカのポップカルチャーにおいても、特に熱狂的であることで知られている。ライブではリリックを暗記したオーディエンスによってすべての曲で大合唱が巻き起こり、ソーシャルメディアでは彼の音楽に人生を救われたことを告白する投稿が絶えない。トレイ・エドワード・シュルツがそんなファンダムの熱を共有している一人であることは、『WAVES/ウェイブス』を観れば一目瞭然だろう。

マチズモ的価値観が支配的なラップ/R&Bのシーンにおいてゲイであることをカミングアウトして、自身の痛みや弱さを極めて詩的にリリックへと昇華させた先駆的な存在であること。メジャーレーベルから自作の権利を取り戻して、完全なインディペンデント体制で完璧に自身のイメージをコントロールした、特に黒人アーティストとしてはほとんど前例のなかったロールモデル的存在であること。そして何よりも、白人のインディーミュージックや国外のクリエイターを含む同時代の音楽シーン、及び過去の音楽アーカイブへの広範な素養と批評的視点から、常に独創的で卓越した音楽を生み出していること。そうしたフランク・オーシャンのアーティストとしての特質は、『WAVES/ウェイブス』の主題や作品の成り立ちそのものとも強く共鳴し合っている。

『WAVES/ウェイブス』 (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
『WAVES/ウェイブス』を語る上でもう一つ避けて通れないのは、これが「白人の映画作家によって描かれた、黒人の家族のストーリーである」ということだ。もちろん、作者のアイデンティティによって語ることができる対象を限定してしまうのは誤ったポリティカル・コレクトネスの援用に他ならないし、実際に本作に対してはソーシャルメディア上でトラヴィス・スコットが熱烈に支持を表明するなど、必ずしもブラック・コミュニティから拒絶されているわけではない(一方で、ブラック・カルチャーの専門家から「黒人の家庭なら子どもは母親にこんな振る舞いはしない」というような、かなり説得力のある意見も個人的に耳にした)。

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いずれにせよ、トレイ・エドワード・シュルツは『WAVES/ウェイブス』において、自身の極めてパーソナルなストーリーを、主人公タイラーやその妹エミリーの恋人に投影させ、そこにさらに最愛のミュージシャンであるフランク・オーシャンのサウンドとリリックとイメージを重ねるという、かなりトリッキーな試みに挑戦している。できればそうした背景にも留意した上で、是非『WAVES/ウェイブス』を楽しんでもらいたい。
《text:宇野維正》

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