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【ネタバレあり】映画をそれ以前/それ以降に分ける、危険な傑作『パラサイト』

カンヌ映画祭でのパルムドール受賞を皮切りに、数々の映画賞に輝き、先日発表された米アカデミー賞では作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞、美術賞、国際映画賞の6部門にノミネートされたポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』。

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『パラサイト 半地下の家族』(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
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  • 『パラサイト 半地下の家族』(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
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《text:宇野維正》

※本記事は、映画の重要な展開・結末について触れています。必ずご鑑賞後にお読みください。

カンヌ映画祭でのパルムドール受賞を皮切りに、数々の映画賞に輝き、先日発表された米アカデミー賞では作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞、美術賞、国際映画賞の6部門にノミネートされたポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』。そんな歴史的快挙を成し遂げることにもなった作品の見事さに打ちのめされながらも、富裕層家族の妻の美しさに見惚れて、観終わった後すぐに「チョ・ヨジョン」の名前をググったのは自分だけではないだろう。

“トロフィーワイフ”とは?


『パラサイト 半地下の家族』(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
半地下家族に富裕層家族を最初に紹介した長男の友人いわく、「ヤング&シンプル」な妻を演じたチョ・ヨジョン。物語が進行するにつれて、その言葉の意味するところが「若くて飾らない」というよりも「未熟でお人好し」であることが明らかになっていくわけだが、そんな妻をチャーミングに演じたチョ・ヨジョンは、これまで映画よりもドラマを中心に活躍してきた女優だ(なので、韓流ドラマを熱心に追っていない自分にとっては本作が初遭遇となった)。半地下家族の夫を演じた主演のソン・ガンホを筆頭に、富裕層家族の夫を演じたホン・サンス作品常連のイ・ソンギュン、半地下家族の妻を演じたイ・チャンドン作品の常連チャン・へジンといった、アートハウス系韓国映画の秀作でお馴染みの名優たちの間に入って、チョ・ヨジョンの天然にも思えるような「陰のなさ」と「軽さ」は、本作に娯楽作品としての風通しの良さをもたらしている。

「固定化した格差社会」という作品が提起する問題意識に寄り添って、半地下家族の視点で語られることが多い本作『パラサイト』だが、その被害者である富裕層家族の側にわかりやすい「罪」のようなものがすぐには見当たらないところが、本作の非凡なところだ。チョ・ヨジョン演じる富裕層家族の妻は典型的な「トロフィーワイフ」、つまり、金持ちの男が自分の富と名誉を証明するために「トロフィー」のように見せびらかすための妻である。その用語の定義通り、彼女は家事を家政婦に丸投げし、子供のことを気にかけながらも実際の教育は家庭教師に任せっきり。そんな家族のあり方を見て釈然としない気持ちになる観客もいるだろうが、それはこのような階層の家庭ではどこの国でも見られる現実であって、少なくとも「罪」ではない。夫が韓国財閥系の生れながらのボンボンではなく、IT企業経営者である点も留意すべきだろう。

『パラサイト 半地下の家族』(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
富裕層夫婦は、現在の生活環境にスポイルされていて社会全体の構造に対しては鈍感だが、個人としてはそれなりの後ろめたさを感じながら暮らしている様子も伺える。劇中、ソン・ガンホ演じる主人公との会話で妻への私的な感情について二回踏み込まれた夫は、二回とも普段の柔和な表情をはっきりと曇らせる。妻はより無邪気ではあるものの、きっと英会話のレッスン中なのだろう、日常会話に不自然に英語を混ぜて、夫にとっての「トロフィー」だけではないという自信を獲得するための背伸びを健気にしている(興味深いことに、一緒に暮らしてきた家政婦にもそれが伝染している)。富裕層家族の不在時、半地下家族の妻は豪邸のリビングルームのソファーに横たわりながら言う。「私だって、こんなにお金があったらもっと優しくて純粋でいられるわよ」。これは、富が人に与える影響について核心を突いた言葉だ。

富裕層の生活と心情のディテール描写


『パラサイト 半地下の家族』(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
お金はあるけど愛のない冷たい家族。貧乏だけど愛と笑顔に満ちた温かい家族。古今東西、富裕層と貧困層を描いた作品で繰り返し描かれてきたそのような単純な対比は、『パラサイト』以降、すべて時代遅れなものとなるだろう。富める者は優しさも純粋さも健康も教育もすべてを手にし、貧しい者はそのすべてに手を伸ばしてもなかなか届かない。富裕層家族を単純な「悪者」としないことで、『パラサイト』はそんな現代社会に蔓延している世界共通の絶望をより残酷に浮き上がらせる。

周到な画面設計と人物配置、演出の静と動のメリハリ、モンタージュの巧みさ、終盤の気候変動的カタストロフを描ききることを可能にした潤沢な製作費。『パラサイト』の映画的達成を前に日本映画(の特にメジャー作品)の現状を憂うのは容易いが、自分がその違いを最も痛切に感じたのは、ここまでも述べてきたような富裕層の人々の生活と心情のディテール描写の正確さだ。彼らのガレージにはビジネス用のメルセデスSクラスとレジャー用のレンジローバーの最新モデルが並んで収まっている。多くの日本映画のように、会社経営者が平気で型落ちの「なんちゃって高級車」に乗っていたりはしない(そもそも富裕層の多くは新車を経費でリース使用するので型落ち車とは無縁だ)。彼らのキッチンの冷蔵庫には、1本約10ドルするノルウェー産のミネラルウォーターが並んでいる。本作が韓国社会へのエキゾチシズム的関心によって世界に広がっているのではなく、「自分たちの話」として世界に広がっている理由の一つは、作品の土台がそのような富裕層の「世界共通言語」で当たり前のように形作られているからだ。

本作が今後の社会へ与える影響


『パラサイト 半地下の家族』(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
クライマックスの「事件」が起こった後、半地下家族の「その後」は描かれるものの、富裕層家族の「その後」が敢えて描かれていないことからも、本作の物語が半地下家族側の肩越しから語られていることは明らかだ。しかし、彼らの生活や心情をリアルなものにしているのは、その一方の富裕層家族の生活と心情もリアルに描いているからでもある。そんな両者の間に一時的に成立しかけた均衡が破られ、「もう一つの家族」との瞬間的連帯が生まれる引き金となったのが、「臭い」であるところも秀逸だ。富裕層と貧困層が社会構造的にセパレートされてしまった現代において、それは彼らの物理的な距離が近づきすぎたことを示唆している。本作が心に残す傷跡については観客それぞれが持ち帰るものだが、富裕層側から本作を観た場合(これだけ世界中でヒットしているわけだから、当然のように観客には様々な階層の人がいるだろう)、その意識が北米や南米や東南アジアに存在するゲーテッド・コミュニティのようなさらなる社会の分断を促進させる方向にいく可能性も否めない。優れた映画の多くがそうであるように、『パラサイト』は危険な作品なのだ。
《text:宇野維正》

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