映画『パディントン』シリーズ最新作『パディントン 消えた黄金郷の秘密』が5月9日(金)より公開となる。
イギリスの作家マイケル・ボンドによる児童小説「くまのパディントン」は世界40か国語で翻訳され、全世界で3500万部以上を売り上げた人気タイトル。その実写化作品となる映画シリーズも大ヒットとなり、過去2作の世界興行収入は合計で約900億円に達している。


最新作は、パディントンの生まれ故郷であるペルーが舞台。パディントンは、「老グマホーム」で暮らすルーシーおばさんを訪ねにブラウン一家とペルーへ家族旅行に出るが、おばさんは眼鏡と腕輪を残して失踪。パディントンたちは、おばさんが残した地図を手掛かりに、インカの黄金郷があるというジャングルの奥地へとルーシーおばさんを探す冒険の旅に出る――。
シネマカフェでは本作の公開を記念し、イラストレーター/作家のぬまがさワタリ×ライター・SYOの特別対談を実施! 映画『パディントン』を愛する2人が口をそろえて絶賛する最新作、また本シリーズの魅力について語ってもらった。
考え抜かれたテーマ いまこの時代に必要な映画、『パディントン』

SYOぬまがささんはパディントン駅に聖地巡礼されるほどパディントン好きだそうですね。
ぬまがさワタリ(以下、ぬまがさ)今日もその際に購入したTシャツとぬいぐるみを持参しました(笑)。子どもの頃からマイケル・ボンドさんの原作シリーズを読んでいて、映画『パディントン』第1作も好きだったのですが、なんといっても『パディントン2』のあまりの大傑作っぷりに、愛が再燃しました。
SYOパディントンはイギリスを代表するキャラクターですし僕も存在は知っていましたが、映画『パディントン』の第1作目を観たときに「こんなに面白いのか!」と感銘を受けました。
2016年当時は映画業界で働いていましたが、まだ独身で「ファミリー映画や子どもに向けた映画かな、自分はターゲットじゃないのかも」という先入観があったんです。ところが、いざ観たら滅茶苦茶感動してしまって一気にファンになりました。
『パディントン2』は本国公開時から批評家たちが絶賛していましたよね。「前作以上にハイクオリティなのか」と楽しみにしていて、実際にその名にたがわぬ作品でした。

ぬまがさニコラス・ケイジ主演の映画『マッシブ・タレント』の中でも言及されますが、『パディントン2』はもはや「完璧な映画」の代名詞としてミーム化されていますよね。
人気キャラクターを子どもも大人も楽しめる実写映画化する流れは近年盛んですが、『パディントン』シリーズの出来栄えは屈指だと思います。特に素晴らしいのは「パディントンが、今この世界でどういう意味をもつ存在なのか」を深く突き詰めたうえで作っていること。
そもそもパディントンというキャラクターは、原作者のボンドさんが戦争難民の子どもたちが疎開する姿を見て、同情や思いやりの心を抱いたことから生まれたと言われています。さらに、ペルーという遠い異国から都市ロンドンへやってきた移民の象徴でもある。じつは当初、パディントンはアフリカ出身という設定だったものの、アフリカにはクマが生息しないと知ったボンドさんが、南米のメガネグマに変更したのはファンには有名なエピソードですが…(笑)
そうしたパディントンのルーツを踏まえて、いまの時代・世界に届けるうえでどんな物語を語るべきかを考え抜いた実写化となっています。
SYO『パディントン2』の名ゼリフ「親切な人に世界は優しい」ですよね。英国に暮らす“地元民”がパディントンという異邦人から博愛精神を学び直すこと、ひいては我々人間がクマという異種から“人間性”を教わること――。こういう世界にいたいな、こういう世界にしないとな、といった個々人の生活にまで優しい影響を与えてくれる映画だと思います。

ぬまがさ『パディントン2』が公開された2017年頃は、ブレグジット(イギリスのEUからの離脱)とトランプの米大統領就任が起こった時期でもあり、英米が「自分たちの共同体の中に閉じこもってその中で栄えよう」という方向に大きく舵を切ったタイミングでもありました。
そんななか『パディントン2』は、第1作にもあった「外からやってきた人や、自分と異なる人にもオープンであろう」といったテーマ性をさらに強化していますよね。こんなにかわいいルックなのに、じつはカウンター的な力強さもあるのがカッコイイ映画です。

SYO娘がいま4歳なのですが、初めてハマった実写映画が『パディントン』シリーズなんです。エンターテインメントとしても一級であり、次世代にも愛されていく作品でありつつ、ぬまがささんがおっしゃったような社会的メッセージも説教くさくなく入れ込んでくれているところ――まさに“完璧”ですよね。
ぬまがさ『パディントン』シリーズは「ロンドン讃歌」でもありますよね。華やかな観光名所を巧みに織り込みながら、上っ面だけではなく、「ロンドンという都市が目指すべきものとは何か」も真摯に問います。
たとえば『パディントン2』では刑務所の囚人たちが“お菓子作り”や”演劇”という新たな生きがいを見出します。社会的に弱い立場にある人への思いやりなど、ロンドンだけでなく様々な共同体で暮らす私たちが忘れてはいけない価値観が、親切の化身・パディントンを通じて具現化されているからこそ、『パディントン2』は大人にも刺さる傑作なのだと思います。

SYO日本でいうと、「やり直しを許さない社会」が問題視されてきたタイミングでもありましたよね。SNS等を介した誹謗中傷やデジタルタトゥーが広がってしまい、一度でもつまずいたら人生のドロップアウトを余儀なくされる状況が加速しました。
もちろん、声なき声を拾う効能もありますし、罪は罪として償わなければならないとも思いますが、『パディントン』シリーズは「他人を信じることで親切が返ってくる循環」を改めて示してくれています。
「フィナーレ」としても完璧! 複数の家族の物語を描く『消えた黄金郷の秘密』

ぬまがさ「親切の大切さ」と「ロンドン讃歌」という2大テーマを、完璧な形で描ききったシリーズだけに、次回作はどうするんだろう? と思っていましたが、3作目『パディントン 消えた黄金郷の秘密』では、パディントンが故郷ペルーに帰る展開になると知り、なるほどな! と思いました。今度は、パディントン自身のルーツを掘り下げながら、「ロンドンの外の世界」を広げる方向に進むのだなと。
SYO『パディントン』のグルーバーさん(ロンドンにやってきた移民で骨董屋の主人)のセリフで、「心が(ロンドンに)到着するには少し時間がかかった」というものがありますよね。パディントン自身もそうで、前2作はパディントンの心がロンドンに定着するまでの物語だと思うんです。

そんな彼が帰省の旅で、何を想うのか。そうした意味では、前作からの7~8年という実時間の経過も活かした物語になっているのが秀逸でした。かつ、パディントンが中心ではありますが、長女の大学進学を控えたブラウン一家にとって同居最後の旅行になるかもしれない――という設定なのも本当に上手い。

ぬまがさ「ロンドンという街の愛されマスコットでありながら、言葉を話すクマとして都市と自然を結ぶ存在であり、移民や難民のシンボルでもある」というように、パディントンは、世界の有名キャラクターの中でも、じつは屈指の複雑さを抱えた存在なんですよね。そうしたパディントンの二面性、両義性を踏まえると、今回の物語にさらなる必然性が生まれます。パディントンの境遇に共感し、今回の冒険にエンパワーメントされる観客の方も、世界中に大勢いるのではないでしょうか。
SYOパディントンとブラウン一家だけでなく、ハンター・カボット(アントニオ・バンデラス)や老グマホーム院長(オリヴィア・コールマン)など、複数の家族の物語が同時進行する構造になっているのも印象的でした。家族にも様々な形があるし、救われるときも呪われるときもあるんだと。

ぬまがさそうした一筋縄ではいかないゲストキャラたちを、バンデラスとコールマンが生き生きと演じていますよね。
第1作のニコール・キッドマン、第2作のヒュー・グラントやブレンダン・グリーソンもそうですが、錚々たる名優のフレッシュな一面が伺えたり、映画の歴史へのリスペクトを込めたパロディをふんだんに盛り込んでいるのもポイントです。今回はバスター・キートンの有名なスタントや、『サウンド・オブ・ミュージック』『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』など映画史を辿るような場面も多かったですね。

そうしたパロディも単なる目配せではなく、「万人が楽しめる娯楽映画の伝統を踏まえて、新しいエンタメを作るぞ!」という決意表明でもあるのでしょう。実際、「パディントンがペルーのジャングルに行くならこういうことが起こってほしい」というファンの期待を片っ端から実現してくれるような快作になっていましたね!
シリーズの「お約束」ももちろん欠かせません。今回、特にグッときたのが、“クマにらみ”のシーンです。ファンにはおなじみ、失礼な相手を目で叱責する、パディントンの「必殺技」ですね。個人的に「クマという獣と話していることを相手に思い出させる技」として解釈しているのですが(笑)、今回はあるキャラクターに「決して忘れてはいけない、大切なことを思い出させる」ために「クマにらみ」を披露します。パディントンの成長の証でもあるかもしれませんね。

SYOわかります。今回は、かつてパディントンを迎え入れてくれたブラウン一家が揺らぐ話だと思うんです。そこに対して、パディントンが態度や言葉で安心させる。
パディントンの吹き替えを務める松坂桃李さんが「今回の彼は能動的」と話していましたが、パディントン自身が安定感を確立していて、それだけで泣けてしまいました。
ある種の3部作の完結編として、なんて美しいフィナーレなんだろうとも思いますし、制作が発表済みの第4作がますます楽しみになっています。7年待った甲斐がありました。

ぬまがさパディントンの物語の到達点であると同時に、赤ちゃん時代からパディントンのルーツを辿る「エピソード・ゼロ」としても楽しめますよね。意外なほど複雑な背景を抱えながら、私たちの世界を明るく照らしてくれる、パディントンというキャラクターに改めて「ありがとう」と伝えるような物語です。パディントンにとってもファンにとっても、まさに“素敵な贈り物”のような映画でした!
『パディントン 消えた黄金郷の秘密』公式サイト
『パディントン 消えた黄金郷の秘密』は5月9日(金)より全国にて公開。
プロフィール
ぬまがさワタリ
イラストレーター/作家。 著作『図解なんかへんな生きもの』(光文社)、『ゆかいないきもの㊙図鑑』(西東社)『絶滅どうぶつ図鑑』(PARCO出版)など。新刊『いきものニュース図解』&『図解ふしぎで奇妙ないきものたち』が発売中。
@numagasa
SYO
東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、小説・漫画・音楽・ゲームなどエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。並行して個人の創作活動も行う。
@SyoCinema
