由実は、震災で何もかもを失い、今は福島県いわき市の叔母の工務店にひとり身を寄せていた。心に傷を抱える由実は、少しは外に出なければ、と叔母に促されるように小さな飲み屋で働くことになる。店の名前は「杉谷」。店主の杉谷には謎めいたところがあった。彼は、記憶をすべて失い、失踪届も出されていなかったため、どこの誰とも分からない。はっきりしているのは、手が料理をしていたことを覚えていることだけ。今では小さな小料理屋をまかされるまでになったが、あたたかな人々に囲まれながらも、彼の心はいつも怯え、自分が何者なのか分からない孤独を抱え込んでいたのだった。孤独な、傷ついた魂を持つ杉谷と由実。ふたりは、やがて“月”と“海”がおたがいを引き寄せ合うように、その心と体を寄り添い合わせるようになるのだが…。
cocoレビューを見る越川道夫