【MOVIEブログ】2018マラケシュ映画祭日記(下)

マラケシュ映画祭日記、後半です。

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マラケシュ映画祭日記、後半です。

<12月3日>
3日、月曜日。6時に目が覚め、しばし読書。「映画『夜と霧』とホロコースト 世界各国の受容物語」(ファン・デル・クナープ編/みずず書房)を読み続ける。『夜と霧』の制作過程と、その後この作品が世界各国でどのように受容されていったかを記述していく内容で、すっかり知った気でいる『夜と霧』について実は何も知らなかったことに気付かされる重要書だ。『夜と霧』が反ユダヤ主義に言及していない点の分析、それゆえにイスラエルでは複雑な受容のされ方をした経緯など、興味は尽きない。

しかし、超詳細なデータと資料の引用が続き、論文調の文体も相まって決して読みやすい本ではない。しかしスイスイとは進まない分、噛みしめながら読むことになるので脳に刻まれる気がして面白い。

ところで、現在のマラケシュは午前8時くらいまで真っ暗で、なかなか朝という気分にならない。8時半ごろから薄っすらと明るくなり、やがて爽やかな青空があっという間に広がる。そして冷たかった気温もぐんぐんとあがっていく。

それにしても、連日晴れが続き、ここはアフリカだと思い出すと、近代的ホテルに宿泊して毎朝シャワーを浴びる行為に疚しさを覚えてしまう。この水はいったいどこからやってくるのだろうと考えずにいられない…。

朝食のレストランにフィルメックスの市山さんがいらっしゃったのでお声がけして少し立ち話。市山さんは僕以上に自分の本番が終わったばかりで、リラックスモードのよう。

部屋でパソコン叩いて、また本を読み、11時に外へ。

12時からのマスタークラスはロバート・デ・ニーロなので、これは昨日のスコセッシを上回る混雑だろうと1時間前の11時に会場に向かってみる。やはりすでに長蛇の列だ。

並んでいると、学生らしき集団が続々と優先入場していく。なるほど、やはりマスタークラスは映画学校と連携しているみたいだ。これならどんなに抜かされても腹が立たないどころか嬉しくなる。学生時代にデ・ニーロの話が生で聞けるなんて、なんと羨ましい! そして開演40分前に無事入場を果たすと、海外映画祭関係者用に席を確保してくれていた。ありがたい!

さて、期待感マックスの中、ロバート・デ・ニーロ登壇!

ああ、しかし。トークショーを生かすも殺すも進行の力だと、つくづく思い知らされる結果となってしまった。一生に一度参加できるかどうかのデ・ニーロのトーク、結果としては事前の期待を色々な意味で大いに裏切るものになってしまった。

司会は、フランスの女優にして監督のマイウェン。彼女の監督作『Polisse(パリ警視庁:未成年保護部隊)』(11)がカンヌで審査員賞を受賞した際の審査員長がデ・ニーロだった縁で抜擢されたようだけど、これがとてもリスキーなキャスティングだった。

アーティスティックな気性で知られるマイウェンの個性に任せた内容となった結果、観客がデ・ニーロから聞きたい話はほとんど聞けなかった。マイウェンはデ・ニーロのメソッド・アクターの権化たる側面よりも、普通の人を演じる姿に興味があると強調する。それは別に構わないとしても、『恋に落ちて』を中心に長々と話を進めるのは、やはりあまりにも変化球に過ぎる。

1時間半のトーク時間の中で流したクリップが『恋に落ちて』を長めに2度、そして『ブロンクス物語』だけ。後者は大好きな作品なので個人的に否定はしないけれど、客観的に見たら異常なはずだ。

無個性で表面的なインタビューも退屈だけど、インタビュアーの個性を出し過ぎた時の怪我は取り返しがつかない(ついでに言えば、自ら『ブロンクス物語』を取り上げながらチャズ・パルミンテリの名前をマイウェンが知らなかったのはお粗末過ぎた)。

僕だったら、1時間以上あるならばキャリアをざっくりと時代ごとに分けて代表作に触れつつ、クロノロジカルに話を進め、要所で脱線して細部を尋ねる構成にすると思う。超大物相手にオーソドックスを外すのはあまりにもリスクが大きい。

全体的には、雑誌で見かけるような100の質問コーナー的進行で、「朝食は何を食べますか」から始まり、「役者にとってチャンスとは」「恋愛映画の相手役が嫌な女優だったらどうするか」「カリスマ性とは何か」「恐怖を克服するには」「監督を怖がらせたことはあるか」などなど。面白くないとまでは言わないまでも、ほかに聞くことが千個はあるだろうと思わざるを得ない。

しかしデ・ニーロが決して饒舌でなく、質問への回答が短く終わってしまうという、同情の余地はある。冒頭では、マイウェンが「トランプの話になると饒舌になると聞きましたが、トランプの話をしないでデ・ニーロさんの発言を引き出すのが目標です」と開始して予防線を張ったけれど、やはり役者は監督ではないので具体的な話を引き出しにくいということはあるのは確かだとは思う。

さらに、マイウェンでなければ聞けない質問もあった。「120本のフィルモグラフィーで女性監督の作品はアニエス・ヴァルダ監督作1本しかありません(注:実際は『マイ・インターン』のナンシー・マイヤーズ監督も女性)。どうしてでしょう」。確かにこれは今年聞かねばならないトピックではある。デ・ニーロ相手にここで聞くか!と思う一方で、権威主義を恐れずに切り込むべきというマイウェンの姿勢を称えることも出来る。

正直言えば、僕はデ・ニーロが返事に窮する姿を見て気まずい思いをしたけれど、その後業界誌の「バラエティ」誌がこの発言を取り上げて記事にして、結果としてマラケシュ映画祭の存在感アピールに繋がったので映画祭側としてはオーケーかもしれない。しかしそれにしてもハイリスクだし、こういう発言しかニュースに取り上げてもらえない現状も、致し方ないとはいえ、なんだかなあと思ってしまう。

というかそもそも、「女性と仕事をすることに問題はありませんよ、脚本さえ良ければいつでも」とデ・ニーロは答えたけれども、この場でほかにどんな答え方があろうというのか! 答えは分かっているのに、追い詰めることを目的とした聞き方だった。女性と映画製作環境の状況について聞きたいのであれば、ほかの尋ね方があったはずだ。これではワイドショーの芸能リポーターじゃないか。

ほかにも「共演相手と恋愛関係に発展したことがあるか」というゴシップ質問だったり、「父親の影響はよく言及されていますが、母親はどんな人でどんな愛情を受けましたか」などプライベートに迫りたがったり。こんな場所でそんなことを聞かれても…。「カウンセラー相手に椅子に座ってるみたいだな」とデ・ニーロは苦笑していたけれど。

かくして、一昨日のオマージュ・セレモニーで見た綺羅星のごとき出演タイトルについては、ただのひとつも言及されることなく、1時間半のマスタークラスは終わっていった。これはこれで貴重な機会だったのか、それとも世紀のがっかり大会だったのか。僕にとっては、いち映画ファンとして、そして映画祭主催者の1人として、さらに素人司会者として、とても考えさせられることの多い時間であった…。

続いて14時からもマスタークラスで、今度はギレルモ・デル・トロ! デ・ニーロと打って変わって、こちらは猛烈によくしゃべる! 質問1問に対して10分以上しゃべる。そしてその内容がめちゃくちゃ面白い!

幽霊が見えたり、フランケンシュタインに強烈な親近感を抱いたりした少年期の話から、映像作家になっていく過程、そして個々の作品への愛情とこだわり。デル・トロは観客を学生や映画監督志望者と想定しており、ひとつの回答がそのまま若者への熱いメッセージとなっており、何度も会場から拍手が沸き上がる。

(このデル・トロのトーク内容も詳しく書くとここではキリがないので、後日改めてまとめるつもり)

トークが1時間半を超え、主催者がそろそろ終わり…とサインを出すと、デル・トロが「会場から質問受けないの? ね、5問だけ、5問だけいいでしょ!」と言うから、司会はダメとは言えない。会場は大喜び、映画祭側にとっては悪夢の瞬間だ。僕は双方の立場が分かるので、胸が割けそう。それにしてもデル・トロ、5問「だけ」って!

ほぼ2時間に及ぶ熱いトークが終了し、いったん休憩すべくホテルに向かう。すると、品の良い女性が話しかけてきて、僕を東京国際映画祭の作品選定者だと気づいていたらしく、曰く「私は昨年東京のコンペで上映された『シップ・イン・ア・ルーム』のプロデューサーです。私は東京に行けなくて残念でしたが、監督たちがとても喜んでいたのでお礼がいいたくて」とのこと。ああ!あの作品は繊細なミニマリズムの素晴らしさを堪能させてくれる逸品だった。僕からも深々とお礼を言う。

続いてホテルのエレベーターホールで、昨日観たドキュメンタリー映画『We Could Be Heroes』の主役であるパラリンピック2大会連続金メダリストのヌウェイリ選手にばったり遭遇。映画が素晴らしかったと伝えると、車イスに乗ったヌウェイリ選手が満面の笑みで応えてくれる。僕は感激して思わず握手をしてもらう。

さて、今宵はロビン・ライトへのトリビュートが予定されていて、ロビン・ライト・ペン時代から大ファンである僕としてはとても楽しみにしていたのだけど、なんと来場が当日キャンセルになってしまったとのこと! ああ、なんと残念な。傑作『シーズ・ソー・ラヴリー』の上映を始め、様々なお迎え努力をしてきた映画祭事務局の無念たるや、想像するにあまりある。ああ、恐ろしい。

部屋を出る直前にそれを知り、出鼻をくじかれて少しボヤボヤしていたら、なんとなく出かける意欲が消えてしまい、ブログを書いたり本を読んだりしてのんびりしているうちに22時くらいに寝てしまった(らしい)。

<12月4日>
4日、火曜日。22時就寝の5時半起床、何という健全さ。

ちなみにモロッコはイスラム圏ということでおおっぴらにアルコールを飲まない。ホテルのレストランでは普通に出しているので、昨年訪れたイランほどの厳しさでは全く無いのだけど、例えば先日のロイヤル・ディナーのような場ではアルコールは出ない。せっかくなのでこの機会を利用して、僕も数日禁酒することにした。これで5日間ビール抜き。マラケシュでデトックス。健全だ。

朝食を食べてからブログをゆっくり書いたりして、11時の上映へ。

コンペ部門の『Look at Me』という作品でチュニジアの作品。ネジブ・ベルカジ監督とロイヤル・ディナーで隣の席だったので親しくなり、必ず観ると約束していたのだ。チュニジア人監督と知り合いになれたのはとても嬉しい。

マルセイユで電器店を営む男が、出身地のチュニジアから連絡を受け、かつて捨てた妻が危篤に陥り9歳の息子が残されたと知る。やむなく帰国し、自閉症の息子と向き合うことになる…。

こうまとめるとベタに伝わってしまうかもだけれども、ストーリーテリングが上手く、キャラクターも生きていてとても感動してしまった。素直に監督に感想が伝えられるので安堵!

続いて14時からマスタークラス。本日はアニエス・ヴァルダ!

御年90歳とは全く思えない確かな話しっぷりで驚くばかりだ。『顔たち、ところどころ』という傑作を放ったばかりで(僕の2017年ベストワン)、バリバリの現役であることは言うまでも無い。オリヴェイラや新藤兼人亡きいま、最高齢の現役監督ではなかろうか?(ちなみにゴダールは昨日88歳になったはずでイーストウッドと同い年、山田洋次はそのひとつ下)。

若き頃の貴重な映像の紹介から始まり、写真から映画への移行、名作『冬の旅』を巡るエピソードやヌーヴェルヴァーグとの距離感、そしてドキュメンタリーに取り組む姿勢まで、包括的な話が1時間強の時間に凝縮されて素晴らしいトークだった。

印象的な言葉をひとつ挙げるなら「いつも大事にしているのは『インスピレーション』、『クリエーション』、そして『共有』の三つです」。何かから着想を得て、それを具現化すべく創造し、そして常にこれは他者と何かしら共有できるものになっているだろうかと自問し続けるのだそうだ。

ヴァルダの作品から受ける底なしの優しいエネルギーは他者との共有を最優先する意識から生まれているのだ。そしてそれは迎合とは全く異なるものなのだ…。

16時から上映に戻り、「スペシャル・スクリーニング」部門で『Lionheart』というナイジェリアの作品へ。

父が興したバス会社の経営の危機を娘が懸命に救おうとするネットフリックス出資の娯楽映画。ナイジェリアの娯楽映画を見る機会はなかなか無いのでとても貴重だ。モロッコ、チュニジア、エジプト、ナイジェリアといったアフリカ諸国の作品が連日見られるのは本当に嬉しくて、でも普段なかなか手が届かないだけに何とかしなければと自分の怠慢を痛感する。

18時半から『Green Book』のガラ上映へ。毎晩夜のガラ上映はコンベンション・センターの大ホールで行われている。

手元資料では19時半との案内だったのだけど招待状には18時半とあるので18時半に会場入りすると、それはレッド・カーペットの開始時間であるらしく、開演は19時半だった。なるほど。しょうがないので場内で映されるカーペットの模様を眺めて過ごす。連日カーペットイベントがあるので豪華でよいなあ。本日の主役は、ヴィゴ・モーテンセン!

ピーター・ファレリー監督(ファレリー兄弟のひとり)新作『Green Book』は日本では来年の3月公開なのかな。オスカー候補に挙がるのかもしれない。同時刻に上映されるモロッコ映画も見たかったのだけど、散々悩んだ末にこちらを選択した次第。ミーハー心を抑えられなかった…。

さて、ヴィゴ・モーテンセンが登壇し、上映前の舞台挨拶。なんと、スピーチをすべてフランス語で通した! いまさら驚いている僕は素人で、どうやらヴィゴは英語、仏語、ドイツ語、デンマーク語など、5か国語以上を話すらしい。何という才人! エルフ語は入るのかな?

そして始まった『Green Book』。ああ、よかった…。全身全霊が幸せになる作品。人種差別というヘヴィーなテーマを扱い、そしてその問題意識には微塵のブレも見せずに、完璧な娯楽映画としてハートウォーミングな仕上がりに持っていく物語と演出は、もう本当に見事。

ヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリが身悶えするくらいに素晴らしい。ふたり同時にオスカー取ってほしい。

上映終わって22時。感涙にむせびながら(本当に)、外の空気を吸う。観終わった瞬間にもう一度観たくなる。ああ。

本日は、夕方に突然ライブパーティーの案内が映画祭事務局からあり、連日23時に寝ていてもしょうがないので、行ってみることにする。ホテル前から会場行きのシャトルバスが出ていることに気付き、乗り込む(オープニングの日にはこの乗り場が分からず、パーティーを逃した)。

バスに数分乗っただけで会場に到着。どうやら別の大ホテルの離れのような建物が会場みたいだ。開演が23時なので22時45分までに来るべしとの案内だったのだけれど、23時になってもほとんど人がおらず、こういうところは大らかだ。

徐々に人が増えて、23時45分にライブ開始。アラブ風味の打ち込み系ロック(?)の激しいダンス・ミュージックバンドで、会場は熱狂の渦とまではいかないものの(映画祭のゲストが観客なので年齢層が少し高い)、なかなかに盛り上がる。僕も久しぶりのビールを手に、音楽に包まれて幸せ。

バンドが終わり、続いてクラブタイムとなり、DJがガンガン曲をかけ、脇では審査員のダニエル・ブリュールやミシェル・フランコたちが楽しそうに踊っている。ああ、東京でもこういうもてなしが出来たらなあ…。僕もゆらゆらと踊り、1時半頃に引き上げ。帰りのバスに乗ってホテルに戻り、2時半就寝。

<12月5日>
5日、水曜日。昨夜遅かったダメージは全く残らなかったようで、7時にスッキリ起床。

本日は10時からポスプロ作品(撮影が終わっており、仕上げ作業中の作品)のプレゼン企画が組まれている。僕にとっては今回のマラケシュ滞在で唯一の業務直結案件だ。いそいそと支度して出かける。

シャトルバスに乗って向かった先は、イヴ・サン=ローラン美術館。さすがに洒落た建物で、入場するとサン=ローランのロゴのオブジェがまず現れ、そしてカトリーヌ・ドヌーヴのポートレートが出迎えてくれる。どうやら休館日であるらしく、館内の見学が叶わなかったのが残念なのだけど、休館日だからこそ映画祭がビジネスイベントを組めたということのようなのでしょうがない。館内に多目的ホールがあり、そこで作品のクリップを流しながら、プロデューサーや監督が仕上げ中の作品をプレゼンしていく。

客席には、主にヨーロッパの映画祭関係者や(ようやく知り合いにたくさん会えた)、ワールドセールス会社(作品の海外版権を扱う代理店)関係者が80人近く集まっている。なかなかの人数だ。カンヌ映画祭の関係者も多い。ざっと見まわしたところ、東アジアからは僕とプサン映画祭の担当者のふたりだけかな。

このプレゼン企画はアフリカと中東が対象で、全6作品。エジプト、モロッコ、ルワンダ、アルジェリア、レバノンの監督たちによる作品で、いままでこれらの国々の作品情報になかなかアクセスできていなかっただけに、とても有意義に感じられる。

今回のマラケシュ初滞在を通じて感じたこととして、モロッコ、チュニジア、アルジェリアといった仏語を話す国々の若手監督とダイレクトに対話できる喜びがある。僕は少しだけどフランス語を解するので、そうか直接つながれるのか、となんだか目から鱗が落ちたような気分になってしまった。どうしていままであまり気にしてこなかったのだろうと自分の怠慢を責めるばかりだけれど、欧米を追いつつアジアと日本映画の選定も行う中で、やはりアフリカまでは手が届いていないというのが業務上の偽らざる現状だ。漠然と情報を追っても実にならないけれど、直接繋がっていれば打開策となるかもしれない。新しい世界が広がる予感がする!

6本中1本、とても期待を持たせる作品があり、完成は来年の5月ごろを目指すとのことなので、ちょっと追いかけてみよう。

13時にプレゼンが終わり、せっかくだからホテルまで徒歩で帰ってみようかと考えていると、大勢集まるビジネスランチがあるから行きましょうと誘われる。

僕は来る前はあまり知らなかったのだけど、マラケシュ映画祭ではアフリカの若手製作者に向けたワークショップが開催されていて、シナリオやマーケッティングの勉強会が連日行われていた。その会場になっていたのが、市内からバスで30分ほど南に走ったところにある、Beldiというカントリー・クラブ(リゾート・ホテル?)の敷地で、到着してみると楽園だった!

都会の喧騒から離れ、強い陽射しのもと、バラ園が広がり、庭にはソファーが並び、低層のクラシックな建物がひっそりと緑の中に佇んでいる。僕は今年初めて自然の中に身を置いた気がして、バスを降りた瞬間に陶酔感に包まれてしまった。ああ、人はたまには都会を離れないといけないな…。

すごいな、ここはパラダイスだな、と感動しながらの合同ランチ。10人掛けの丸テーブルが10個近くあるのに、先ほど気に入った作品のプレゼンを行った監督が偶然にも同じテーブルになった。ああ、こういうのは運命なんだよな…。運命と感じたら必ず乗るべきだ。向かいに座った監督にすぐに話しかけると、監督もこちらに大いに関心を示してくれる。こういう出会いは本当に興奮する。

右にはアルジェリア人の監督が座り、アルジェでアート映画の上映活動にも携わっているとのことで、アルジェリア映画の情報提供に協力を惜しまないと言ってくれる。左に座っていたマダガスカルの監督からは、マダガスカルには映画監督が5人しかいないけど、とても盛り上がっているから作品送るね、と言われる。何とまあ、刺激的なランチであることか!

マダガスカルの監督は、マラケシュの映画学校で学んだらしく、どうやらマラケシュのその学校はアフリカで一番優れている映画学校らしい。スコセッシやデヴィッド・リンチらがしばしば臨時講師として訪れるらしく(スコセッシとマラケシュの縁は相当に深そうだ)、北アフリカの多くの若手監督がこの学校から巣立っているとのこと。マラケシュが欧州の映画業界から重視されている背景のひとつがここにあるに違いない。

ただ、別の監督から話を聞いていると、アジア方面への進出が鈍いのも事実であるみたいだ。北アフリカはフランス文化圏と近く、フランスの映画業界とも強く繋がることで欧州において一定の存在感は発揮している。そして、欧州で存在感があれば、あまりアジアにアピールする必要性は感じないかもしれない。一方でアジア側(例えば東京)も、欧米とアジア作品の紹介で手一杯で、アフリカ作品は後手に回ってしまう。お互いがそんな状況で、実にもったいないことが起きているかもしれない。しかしそのギャップを埋める作業は、至福を伴うはずだ…。

楽園の敷地をしばし散歩して楽しんでから、シャトルに乗ってホテルに戻る。マラケシュ映画祭はシャトルの送迎システムがとても充実している。移動が実にスムーズだ。

16時にホテルに戻り、16時半からの上映へ。「モロッコ・パノラマ」部門で『Sofia』という作品。今年のカンヌの「ある視点」部門に出品されて脚本賞を受賞している。僕はカンヌですでに観ていたのだけど、モロッコの観客ともう1回観てみたいと思ったのだ。

結婚前の性交渉はモロッコでは違法であるとの字幕から始まる本作は、未婚の若い女性ソフィアが出産し、中流階級の家庭が混乱に陥る様をシリアスなタッチで描くドラマだ。我々から見れば保守的である法律の矛盾を突くだけでなく、中流階級と下層階級に分断されたモロッコ社会の現状をえぐる内容でもある。

こういう作品がカンヌで発表されることに大きな意義がある一方で、地元の観客と一緒に観てこその興味もある。満席の会場からは、思いもしないところで笑い声があがる。上述したとおりに、僕にとってはシリアスなドラマだったのだけれども、おお、ここで笑うのか!と発見の連続だ。

客席に女性客がとても多く、僕の隣の学生くらいの年齢の若い女性は食い入るように画面を見つめていた。終了後に感想を聞きたかったけれど、やはり臆して話しかけられず…。濃密な場内のテンションを味わっただけでもよしとせねば。しかしモロッコ映画の検閲や映画業界の現状については今後リサーチをしないと。

ともかく、いままでさほど特別な意識もなく眺めていたモロッコ、チュニジア、アルジェリアの若手監督作品に対する姿勢が、今後自分の中で変わっていくことは間違いない。

19時半からのオマージュ企画、本日は地元モロッコのジラリ・フェルハティ(Jillali Ferhati)監督。日本での知名度は低いと思うけれど、監督が登場すると満席の観客は万雷の拍手で迎え、スタンディング・オベーションが続く。僕は48年生まれのベテランであるフェルハティ監督作品を観たことがなく、アラブ映画に対する造詣の浅さを恥じるばかりだ。

オマージュ・セレモニーに続いて、監督の最新作『Ultime Revolte』の上映。息子を亡くし、そのショックで廃人となってしまった妻を愛し続ける老彫刻家と、彼を慕う若い女性の愛憎を描くドラマ。かなりオールド・スクールというか、旧来のヨーロッパ映画を想起させる懐かしさを携えた作風だ。表面的な刺激は少ないものの、ヨーロッパとモロッコの映画を繋いできたであろう監督のキャリアを想像していると、別の様相が見えてくる気がする。監督の過去作も観たい。

上映が終わり、その後カクテル・ディナーがあると、これまた夕方に知らされていたので、用意されたシャトルバスに乗り込んで広いレストランに連れて行ってもらう。到着してみると参加者がかなりドレスアップしており、ジーンズにジャケットだった僕はちょっと肩身が狭い。こういう時の服装というのは本当に難しい…。

それにしても、マラケシュ映画祭では夜のイベントを当日の夕方に知らされることが続く。これが普通なのかな。招待状を手渡されるのも直前。それでいて運営は上手く回っているし、会場は人で一杯だし、一体どうなっているのだろう? 日本とは仕事の進め方や考え方が全く違うのだろうなあ。いや、まったく嫌いじゃない。

数百人規模の立食カクテル・ディナーで、かなりたくさんの食べ物がビュッフェ形式で並んでいる。パスタなどに並んで寿司も! ちょっと怖くて食べなかったけど、試してみればよかったかなあ。

今宵はモロッコの民族衣装で身を包んだトラッドバンドが伝統音楽を激しく演奏し、徐々に参加客もヒートアップ、みんな踊りまくりで大層な盛り上がり! 楽しく踊っている集団の中に、ガエル・ガルシア・ベルナルの姿が見える。あれ? 審査員でも作品ゲストでもなかったはず。どうしているのだろう? やはりマラケシュの豪華さの謎は最後まで解けないまま。アフリカン・マジック、恐るべし…。

1時過ぎに切り上げて、ホテルへ。

以上をもって、僕の初マラケシュは終了。映画祭はもう少し続くけれども、残念ながら明朝に去らなければならない。のんびりしたり、刺激を受けたり、とても有意義なマラケシュだった!

発見の嬉しさと、自分の無知を恥じ入る気持ちが交互に訪れて忙しかったけど、でも何事も遅すぎるということはないのだ。嬉しくなる出会いもたくさんあったし、今後がとても楽しみ。

というわけで、少しだけ寄り道してから日曜日に帰国します。長文にお付き合い頂いてありがとうございました!
《矢田部吉彦》

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