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【MOVIEブログ】2019カンヌ映画祭予習<コンペ編>

今年のカンヌ映画祭は5月14日(火)から25日(土)の開催で、例年の「水曜日開幕~翌週の日曜日閉幕」のパターンより一日前倒しとなる変則日程ですが、これは26日(日)に欧州議会選挙があるためと説明されています。

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"The Dead Don't Die"(c)2019 Image Eleven Productions, Inc.
今年のカンヌ映画祭は5月14日(火)から25日(土)の開催で、例年の「水曜日開幕~翌週の日曜日閉幕」のパターンより一日前倒しとなる変則日程ですが、これは26日(日)に欧州議会選挙があるためと説明されています。

僕は今年もフルで訪れる予定にしていますが、果たしてどんなラインアップなのか、ブログでじっくり予習してみます(全5回予定)。

原則としてタイトルは英題を表記し、国名としては監督の出身地を記すことにします(複数国の共同製作が多いため、どこの国の作品と特定しにくい場合もあるため)。また、監督名のカタカナ表記に齟齬があるかもしれませんが、ご容赦下さい!

さて、まずはコンペティションから始めますが、作品賞の対象となる作品は21本です。

【コンペティション部門】

『The Dead Don’t Die』 (ジム・ジャームッシュ監督/アメリカ)
『Pain and Glory』 (ペドロ・アルモドバル監督/スペイン)
『The Traitor』 (マルコ・ベロッキオ監督/イタリア)
『Parasite』 (ポン・ジュノ監督/韓国)
『Young Ahmed』 (ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督/ベルギー)
『Oh Mercy! 』 (アルノー・デプレシャン監督/フランス)
『The Wild Goose Lake』 (ディアオ・イーナン監督/中国)
『Atlantics』 (マティ・ディオプ監督/フランス)
『Matthias & Maxime』 (グザヴィエ・ドラン監督/カナダ)
『Little Joe』 (ジェシカ・ハウスナー監督/オーストリア)
『Sorry We Missed You』 (ケン・ローチ監督/イギリス)
『Les Misérables』 (ラジュ・リ監督/フランス)
『A Hidden Life』 (テレンス・マリック監督/アメリカ)
『Bacurau』 (クレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドルネレス監督/ブラジル)
『The Whistlers』 (コルネイユ・ポルンボイユ監督/ルーマニア)
『Frankie』 (アイラ・サックス監督/アメリカ)
『Portrait of a Lady on Fire』 (セリーヌ・シアマ監督/フランス)
『It Must be Heaven』 (エリア・スレイマン監督/パレスチナ)
『Sybil』 (ジュスティーヌ・トゥリエ監督/フランス)
『Once Upon A Time…in Hollywood』(クエンティン・タランティーノ監督/アメリカ)
『Mektoub, My Love: Intermezzo』(アブデラティフ・ケシシュ監督/フランス)

ここ2年くらい新陳代謝を図っていた感のあるカンヌコンペでしたが、今年はズラリとオールスターを揃えた大物コンペに戻ったという印象です(リバウンド?)。欧米偏重は相変わらずですが、作家重視のカンヌとしては地域の偏りはまったく気にしていないでしょう。

とはいえ、昨年が「欧州8本、ロシア1本、アフリカ&中東5本、中央&東アジア5本、北米2本」でありコンペの多様性に興奮したことに比べると、「欧州12本、中東1本、アジア2本、北米5本、南米1本」という今年の分布に反動的な印象を抱いてしまうのも正直なところではあります。

しかし見たい監督が目白押しであることに変わりなく、ラインアップになんら文句があろうはずがありません。ではさっそく1本ずつチェックしていきます。

『The Dead don’t Die』 (ジム・ジャームッシュ監督/アメリカ)(写真)
他作品に先駆けてカンヌ参加が発表されたジャームッシュの新作は、コンペであると同時に映画祭のオープニング作品でもあります。ジャームッシュがゾンビ映画を手掛けた!ということで話題になっていますが、もうそれだけで十分で、あとは全く内容を事前に知りたくないと思わせる期待作です。

出演陣がすごくて、アダム・ドライバー、クロエ・セヴィニー、ティルダ・スウィントン、ビル・マレー、スティーヴ・ブシェミ、セレーナ・ゴメス、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ダニー・グローバー、トム・ウェイツ(!)、イギー・ポップ…。

80年代からアメリカのインディペンデント系映画を追っている人であれば悶絶のキャスティングですね。僕はクロエ・セヴィニーとスティーヴ・ブシェミが共演しているだけで悶絶します(つまり『荒野にて』で悶絶したわけですが)。しかしこれ、みんなオープニングに集結するのかしら…。だとしたらすげえな…。

ちなみに、フランスの一般公開が映画祭オープニングの翌日の5月15日なので、カンヌ市内の劇場でも見られることになります。もしオープニングで見られなかったら、一般の劇場に走るつもりにしています。ああ、楽しみ。

『Pain and Glory』 (ペドロ・アルモドバル監督/スペイン)
アルモドバル新作は、ペネロペ・クルスとアントニオ・バンデラスの2大スター競演。とはいえ、単なるスター映画であるはずもなく、「過去が現在に侵食してくる状況において人生の決断をふり返る映画監督を描く」ということで、どうやらアルモドバルの自伝的要素を含んだ内容のようです。

フィクションの形を取っているものの、バンデラスが映画監督に扮し、その監督がふり返る過去作は明らかにアルモドバルの過去作を連想させるらしい。カンヌコンペ作品としては極めて珍しいことに、本作は3月にスペインで公開済みで、すでにいくつか映評が出ています。概ね評判は良いみたいで、あまり批評に目を通さずに素で臨もうと思います。

『The Traitor』 (マルコ・ベロッキオ監督/イタリア)
『甘き人生』(16)以来3年振りとなるマルコ・ベロッキオ新作。かなりパーソナルな内容であった前作から一転し、今回はシチリアのマフィアの大物で政府内通者でもあったトンマーゾ・ブシェッタの人生を取り上げています(タイトルの意味はズバリ「裏切者」)。

トンマーゾ・ブシェッタは「ふたつの世界のボス」と呼ばれたと作品紹介のコピーが煽っていますが、かなり有名な人物であるようです。マフィアと命を賭して戦った検事の姿を描くHBOのノンフィクションドラマ『ファルコン』(09)でもトンマーゾ・ブシェッタは言及されますが、題材がデリケート過ぎてまだあまり映画化の対象となっていないのかもしれません(僕の邪推ですが)。

主演は存在感溢れるピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、共演にルイジ・ロ・カーショ。男臭い世界が期待できそうです。しかし果たしてどこまで「実録もの」的なのかは全く分かりません。名匠ベロッキオがいかなるタッチのドラマに仕立て上げるのか、興味が尽きない一作です。

『Parasite』 (ポン・ジュノ監督/韓国)
ポン・ジュノ監督の新作は、『母なる証明』(09)以来、10年振りに純粋に韓国を舞台にしたドラマであるようです。CGスペクタクル的な『スノーピアサー』(14)や『オクジャ』(17)と異なり、予告編を見る限りではディープな心理スリラーにブラックユーモアを加えたようなルックです。

収入が無く社会の下層で苦しむ一家が、息子が裕福な家の家庭教師となったことを機に、その家族に侵食していくという内容のようです。タイトルが「パラサイト(寄生)」なので否が応でも妄想が膨らみますね。ともかくめちゃくちゃ面白そうです。主演のソン・ガンホに加え、傑作『最後まで行く』(14)で印象深かったイ・ソンギュンが共演している点でも僕は大注目しています。

社会派の側面もありそうだし、家族ドラマの要素もあり、そしてエンタメ感も満載で、そろそろポン・ジュノにパルム・ドールが行ってもいいのでは?

『Young Ahmed』 (ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督/ベルギー)
カンヌの常連中の常連、ダルデンヌ兄弟が今回もしっかりコンペ入りです。しかし常連だから入るのではなく内容が良いから入るのは言うまでもないことで、今回も作品紹介の一行を読んだだけで見たい!と思わせます。

「コーランの過激解釈に接したベルギーの高校生が、教師を殺す考えを抱く」。

B級にもなり得るプロットですが、そこはダルデンヌ。真綿で首を絞め上げるようなリアリズムで迫ってくるに違いありません。ああ、見るのが怖い。しかし絶対に見たい。情報は以上で十分。見ます。

『Oh Mercy!』 (アルノー・デプレシャン監督/フランス)
2010年代に入って5本目となるアルノー・デプレシャン監督新作。順調な製作ペースが、監督の充実期を裏付けています。残念ながら『イスマエルの亡霊たち』(17)は日本未公開のままになっていますが、僕のデプレシャンへの想いは揺らぎません。

本作はスリラーがベースのよう。クリスマスの夜、フランス北部の町ルーベーで老女が殺され、ベテランと若手の刑事コンビが捜査に当たる。隣家に住む2人の若い女性が逮捕され、2人はヤクやアルコールやセックス中毒者だった…。

デプレシャンは時おり作風を変えてくるだけに、ちょっと雰囲気の想像がつきにくいです。しかし2人の女性の役にレア・セドゥとサラ・フォレスティエという当代きっての実力派が配されている点で、期待度はマックスです。

英題は“Oh Mercy!”で、「慈悲を!」くらいの意味ですが、フランス語の原題が“Roubaix, Une Lumiere”で「ルーベー、ある光」という意味になります。ここまで英題と仏題が異なるのも珍しいですが、宗教的な視点を意識して見るべきかもしれません。ちなみに、ルーベーはデプレシャン監督の出身地でもあり、様々な深読みを誘発しそうであります。

『The Wild Goose Lake』 (ディアオ・イーナン監督/中国)
『薄氷の殺人』(14)がベルリン映画祭をきっかけに世界的な話題作となったディアオ・イーナン監督。満を持して放つ5年振りの新作が、見事にカンヌのコンペ入り。前作の成功がさぞかし大きなプレッシャーとなっただろうと想像できるだけに、他人事ながらとてもめでたく嬉しい気持ちになります。

あまり情報がないのですが、見つけた作品紹介文によれば「逃亡中の犯罪者が、家族や愛する女性を救うために自らを犠牲にする物語」。前作に引き続き、破滅型ノワールの匂いがプンプンと漂ってきますね。

『薄氷の殺人』でベルリンの主演男優賞を受賞したリャオ・ファンや、同じく前作出演のグイ・ルンメイも引き続きクレジットされています。最初は主演がリャオ・ファンと思ったのですが、どうやらフー・ゴーの方がクレジット上かも?と思って調べてみると、メイン・ポスターに小さく映っているのはフー・ゴーであるらしい。どうだろう。あとは、中国語媒体から情報をアップデートしてくれる人が出てくるのを待つことにしつつ、期待を高めるのみ!

『Atlantics』 (マティ・ディオプ監督/フランス)
マティ・ディオップはフランスの女性監督で、クレール・ドゥニ作品に主演するなど女優としても活動している存在です。いくつかの短編が映画祭で注目されたのち、初となる長編監督作品が今作の『Atlantics』ということになります。それにしても初長編でいきなりコンペとは、ただならぬ出来のはず。

ディオップ監督は2009年に同じタイトルの短編を手掛けており、それは命を賭けて海を渡るセネガルの不法移民を描く内容でした。セネガルの映画監督を叔父に持つディオップにとってアフリカで映画を作ることが必然であり、アイデンティティーと直結するに違いありません。

今回の長編も、未払いが続くダカールの工事現場を離れ、よりよい未来を求めて海を越える決心をする青年の物語のようです。しかしどうやら越境の苦難を描くものではなさそうで、青年と愛し合っていた女性が別の男と結婚することになり、その結婚式で不思議な出来事が起きる…、というあらすじがあり、これは一筋縄でいかないストーリーが期待できそうです。

『Matthias & Maxime』 (グザヴィエ・ドラン 監督/カナダ)
グザヴィエ・ドラン、『たかが世界の終わり』(16)以来3年振りのカンヌです。前作『The Death and Life of John F. Donovan』は、カンヌやヴェネチアなどには出品されませんでしたが(トロント映画祭でプレミア)、日本公開が待たれているところです。

新作はドラン本人が主演で、幼なじみの2人の友人関係を描く内容のよう。タイトルのマティアスとマキシムがその2人の青年なのでしょう。紹介文を見ると:「アマチュアの映像作品に出演して友人とのキスシーンを撮ったところ、無害なはずの映像からうわさが広がり、やがて大ごとに発展してしまう…」。

一見シンプルなストーリーのようですが、小さなプロットを大きなスケールに変換する技量で世界的存在となったドランであるだけに、どれだけ驚かせてくれるか楽しみです。それにしても、このように勝手に期待される側の重圧たるやいかほどかと思いますが、なんといっても相手は天才、期待します。

『Little Joe』 (ジェシカ・ハウスナー監督/オーストリア)
ジェシカ・ハウスナー監督の5本目の長編です。日本でも公開された『ルルドの泉』(09)は、奇跡を期待する人々が集まる聖地のルルドを舞台にした不思議な物語で、リアリズムを失わずに奇跡を語る冷静な演出がとても鮮やかな印象を残す秀作でした。

ハウスナーはもともとウイーンで映画を学び、ハネケに師事し『ファニー・ゲーム』ではスクリプターとしてクレジットされています。1本目と2本目の長編が連続でカンヌ「ある視点」部門、3本目の『ルルドの泉』は各国で受賞多数、4本目の前作『Amour Fou』(14)がカンヌ「ある視点」部門、そして5本目の今作がついにカンヌのコンペ。着実にステップアップしてきている印象があります。

日常の周縁世界を好んで描く監督ですが、今回もかなり奇妙な物語のようです。「遺伝子組み換えを研究する女性が新たな植物を作り、自分の息子にちなんで『リトル・ジョー』と名付けるが、その植物に近づいた者は近くにいる人間と体が入れ替わる…」。ちょっとこれで合っているのか自信が無いのですが、かなり変わっていることは確かでしょう。

主演は、(僕はあまり知らないのですが)TV中心に活躍するエミリー・ビーチャムと、ベン・ウィショー。監督にとっては初の英語映画になります。国際マーケットを狙ってきたということなのかどうか、満を持してコンペに入ってきた感があるだけに、注目の1本だと僕は思っています。

『Sorry We Missed You』 (ケン・ローチ監督/イギリス)
過去に引退宣言が報道されたこともあるケン・ローチですが、幸いにも撮り続けているようで安堵します。過去に13本がカンヌのコンペ入りし、そのうち2度パルム・ドールを受賞(『麦の穂をゆらす風』と『わたしは、ダニエル・ブレイク』)するなど、同じく2度受賞のダルデンヌ兄弟と並んでカンヌの象徴たる存在です。

今作ではニューカッスルを舞台に、現代の労働者階級の家族に焦点が当てられます。所有するミニバンを利用して宅配業を営もうとする失業中の父親が、現代のウーバー(Uber)的システムに巻き込まれ、家族中が会社の管理下に置かれて負のスパイラルに堕ちて行く…、という物語とのこと。

非情で現実主義の作品を数多く作ってきたケン・ローチも、近年では(良い意味で)驚かされるような温かい展開に持っていくこともあり、常に厳しい環境下の労働者を扱いながらも、少し作風は変わってきている感があります。今作のタッチは見てみないと分かりませんが、82歳にして最新の労働問題に立ち向かう姿勢は崇高としか形容のしようがありません。何度でもパルム・ドールを受賞して頂きたい。

『Les Misérables』 (ラジュ・リ監督/フランス)
監督名、ラジュ・リ(Ladj Ly)、で読み方はいいのかな…。アフリカのマリで生まれ、3歳にフランスに移住、治安の悪さで知られるパリ郊外の地域の集合住宅で育ち、その環境をカメラに収めることでアーティストとして台頭した存在です。

ちなみに、彼の育ったLes Bosquets(レ・ボスケ)という集合住宅地帯では、警察に追われた少年が逃げ込んだ発電所で感電死した事件をきっかけとする大暴動が2005年に起きています。その前からラジュ・リと共同で地域を内部から撮影していたアーティストのJRは、10年近くをかけて、2015年にドキュメンタリー作品『Les Bosquets』を発表しました。

ラジュ・リは2017年に”Les Misérables”という短編を作って翌年のセザール賞にノミネートされています。同じタイトルの初長編作品で初カンヌの初コンペを果たし、今度は世界が彼を「発見」する番です。

タイトルは「レ・ミゼラブル」で、あのミュージカル(というかビクトル・ユゴーの小説)と同じなのですが、これは直訳すると「悲惨な人々」という意味で、ダイレクトに現代の下層地区を指すのだろうと思わせつつ、「レミゼ」が語る抵抗の物語も内包していることを予感させます。

フランス北部からパリ近郊に越してきた青年が社会運動に参加し、やがて地域の集団の対立に巻き込まれていく様子が描かれるとのこと。これ以上の情報はありませんが、ともかく期待して待ちましょう。

『A Hidden Life』 (テレンス・マリック監督/アメリカ)
出ました、テレンス・マリック!日本では『ボヤージュ・オブ・タイム』(16)が最後の紹介作品になっていますが、その後も短編をコンスタントに撮るなどテレンス・マリックは稼働し続けているようです。まったく、78年の『天国の日々』から98年の『シン・レッド・ライン』まで、20年も映画を撮らなかった人と同一人物とは思えない…。

本作は第2次大戦中、オーストリアの山村に暮らす男がナチスの脅威に立ち向かう物語で、戦時中に実際に書かれた手紙をもとにした実話であるとのこと。ドイツ系の役者が揃うドイツ語映画で、先ごろ亡くなったブルーノ・ガンツの名前も見られます。

僕は近年のテレンス・マリックが超自然的というか、なんだか遠いスピリチュアルな領域に行ってしまった印象を抱いているのですが(勝手な印象ですみません)、今回は戦争という過酷な現実に対してどのようなアプローチを図るのか、注目してみたいと思っています。

しかし個人的な話で恐縮ですが、そしてこれは以前にブログに書いて小さな反響を得たこともあるのですが、数ある映画の巨匠たちのほとんどを僕は例外なく敬愛していますが、テレンス・マリックだけがどうしても肌に合わない天敵なのでした。どうしても寝てしまう。テレンス・マリックの映画を最後まで見られたことがない。たいてい起きると映画が終わっている。本当にどうしてだろう。そんな監督はテレンス・マリックただ一人だけです。さて今回はいかに。

『Bacurau』 (クレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドルネレス監督/ブラジル)
2016年のカンヌで高評価を受け(そして受賞を逃したことに強い不満の声も聞こえた)『アクエリアス』のクレベール・メンドンサ・フィリオ監督の新作。『アクエリアス』は同年の東京国際映画祭でも上映し、とても熱い反応だったことも記憶に新しいところです。その『アクエリアス』で美術を担当していたのがジュリアノ・ドルネレスで、今回2人が共同監督として取り組んだのが新作『Bacurau』ということになります。

いくつかの紹介文を総合してみると、「近い未来のこと。ある映画監督がバクラウという名のブラジル奥地の村を取材のために訪れるが、そこでは94歳で亡くなった長老の弔いが行われていた。数日後、地元の人々は地図からバクラウの地名が消えたことを知る。そして映画監督は村人たちが見かけ通りの人々でなく、重大な秘密を抱えていることに気づく…」。ああ、これは面白そう。

世に知られるきっかけとなった『Neighboring Sounds』(12)では都会の建造物、そして『アクエリアス』では建造物と海辺であったように、人物が置かれた環境を強調し、そして空間をたっぷりと取り入れた個性的なフレーミングがフィリオ監督の特徴のひとつに挙げられると思っています。映像で語る作家ですが、今回は美術監督と組んだということでその点がどのように強調されるのか、あるいは変容していくのか、注目したいところです。

『The Whistlers』 (コルネイユ・ポルンボイユ監督/ルーマニア)
ああ、これまた僕の偏愛する監督のひとり、コルネイユ・ポルンボイユ!しかし、今回でカンヌ出品が4本目になるにも関わらず日本ではほとんど紹介されていないし、名前をネットで検索しても自分が過去に書いたブログがヒットするばかりで、なんとも苦笑い…。クセ者過ぎて東京国際映画祭でも紹介できていないし、ああ、いつかポルンボイユの特集を実現させることを生涯の夢としよう…。

ルーマニアの監督としては日本ではクリスティアン・ムンジウの名前が知られていますが、彼の『4ヶ月、3週と2日』がカンヌでパルム・ドールを受賞したのが2007年、そこから一躍世界の注目を集めるようになった「ルーマニア・ニュー・ウェーブ」を構成するひとりとして、コルネイユ・ポルンボイユの名も挙げられます。

個性的でありつつ骨格のしっかりしたドラマを構築する(故に日本公開もされる)ムンジウに比べて、ポルンボイユはもっと掴みどころがないというか、形而上的アート作品からセルフドキュメンタリー、あるいは「サッカー映画」まで手掛け、作品の幅がとても広いのが特徴です。受ける刺激の強さという点では決してムンジウに勝るとも劣らないし(そもそも比べる必要もないけれども)、ともかくムンジウ、ポルンボイユ、クリスティ・プイユらを擁するルーマニアは依然として注目の国であります。

新作の紹介文によれば「腐敗した刑事がカナリア諸島に伝わる口笛を使った会話を習得し、服役中のマフィアの大物を脱獄させて大金を得ようとする…」。なんじゃそりゃ、という感じですが、人を喰ったような内容こそポルンボイユの面目躍如であり、僕の今年のカンヌの最大の期待作として挙げておきます。

『Frankie』 (アイラ・サックス監督/アメリカ)
アイラ・サックス監督の前作『リトル・メン』(16)を東京国際映画祭の「ユース部門」で上映していますが、少年たちの友情が大人の事情によって危機に晒される様を描く秀逸なドラマでした。日本公開もされたその前の『人生は小説よりも奇なり』(14)では熟年ゲイカップルの結婚の余波が見事に描かれ、脚本の上手さと演出の手堅さが際立っています。今年53歳のサックス監督、7本目の長編作品で初のカンヌ入りです。

余命わずかと宣告されたフランスの有名女優が、最後のバカンスを過ごしにポルトガルのシントラへ向かう。そこは、おとぎ話に出てくるような庭園や宮廷で知られている場所だった…。

主演にイザベル・ユペール、共演にマリサ・トメイ、グレッグ・キニアー、ブレンダン・グリーソン、ジェレミー・レニエ、パスカル・グレゴリー。米仏の個性派スターキャスト!

これ、絶対面白い。

『Portrait of a Lady on Fire』 (セリーヌ・シアマ監督/フランス)
セリーヌ・シアマ監督は日本でも公開された処女長編の『水の中のつぼみ』(07)がカンヌ「ある視点」部門に出品され、いきなり高評価を獲得しています。2作目『トムボーイ』(11)はベルリン映画祭「パノラマ」部門のオープニングを飾り、フランス国内でスマッシュヒット。3作目の『ガールフッド』(14)はカンヌの「監督週間」のオープニングでした。

そのほかに『僕の名前はズッキーニ』(16)の脚本を手掛けるなど、順調にキャリアを積んできたシアマ監督は4本目の長編となる本作で初のカンヌコンペ入りです。自分の監督作では女性のセクシャリティを創作の主題とするシアマ監督は、新作では18世紀末を舞台に選んでいます。

ブルターニュ地方の島で、女性画家マリアンヌが修道女のエロイーズのポートレートを依頼される。エロイーズは自分の意に反する結婚のために修道院を去ることになっており、抵抗の姿勢として描かれることを拒絶する…。

マリアンヌ役にノエミ・メルラン。彼女は『奇跡の教室~受け継ぐ者たちへ~』(14)や『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(16/東京国際映画祭「ワールド・フォーカス」部門で上映)などで存在感を発揮した、現在のフランスで最も注目される若手女優のひとりです。

かたや、もはや若手女優というよりはフランス映画を支える存在になったと言っても過言ではないアデル・エネル(今年のカンヌには出演作が3本も!)がエロイーズ役。アデルはシアマ監督の『水の中のつぼみ』にも出演しており、監督とはプライベートでもパートナーということだそうです。

昨年から、女性映画監督の数が少ない状況を改善しようという機運が高まっていますが、今年のカンヌのコンペでは19作品中女性監督は4人。その観点からも本作は注目の1本になるでしょう。

『It Must be Heaven』 (エリア・スレイマン監督/パレスチナ)
今年のカンヌのラインアップを調べていて最も驚いたことのひとつが、エリア・スレイマンはなんと本作が(まだ)長編3作目であるということ。パレスチナを代表する映画作家のひとりとして長年存在してきた印象が強いけれど、オムニバス作品の一遍を監督したり、役者をしたりなどの時期が実は長く、長編監督としては、日本公開もされた『D.I.』(2002)、『The Time that Remains』(09)に続き、本作が10年振りの3作目ということになります。

イスラエル/パレスチナ問題というヘヴィーな主題を扱いながら、ユーモラスで飄々とした空気を醸し出すのがスレイマンの特徴で、狂言回しのような役で自身も出演し、状況を客観視しながら、しかしあくまで自らのアイデンティティーと出自を問う。そんなアクロバティックな業を実現するのが、エリア・スレイマンという監督です。

新作においてもスレイマンの姿勢は不変のようで、新たな安住の地を求めるスレイマンがパリやニューヨークといった都市を訪れるものの、故郷が頭から離れることはなく、やがて事態は不条理コメディーの様相を呈していく…、という内容とのこと。問われるのは、アイデンティティー、国籍、帰属。

『D.I.』から17年。パレスチナ系イスラエル市民の状況が改善されたというニュースを見ることはあまりありません。スレイマンの目にはどのように映っているのでしょうか。刮目して待ちたいと思います。

『Sybil』 (ジュスティーヌ・トゥリエ監督/フランス)
ジュスティーヌ・トゥリエ監督、3本目の長編作品でカンヌコンペ入りです。大統領選で揺れるパリに家庭のドタバタを絡めた『ソルフェリーノの戦い』(13)、女性弁護士の奮闘を描いたロマンティックコメディー『ヴィクトリア』(16)と、トゥリエ監督は2本続けて抜群のコメディーセンスを証明してみせています。いやあ、2本とも本当に面白かった。

待望の新作では、『ヴィクトリア』で極上の魅力を発揮したヴィルジニー・エフィラを再び主演に迎えています。やはり相性がとても合ったのでしょう。共演にアデル・エグザルコプロス(『アデル、ブルーは熱い色』のアデル)、ギャスパール・ウリエル、サンドラ・ヒューラー(『さよなら、トニ・エルドマン』『希望の灯り』)など、ヨーロッパ映画ファンには垂涎のキャスティング!

小説家が転じて心理カウンセラーとなったシビル(ヴィルジニー・エフィラ)は、やはり小説を書きたいと思ってカウンセラーをやめるが、書くネタがない。元患者でウツ気味の女優マルゴ(アデル・エグザルコプロス)に懇願されて、カウンセリングを渋々引き受ける。しかし共演俳優の子を身ごもってしまったというマルゴの語る話は、シビルの人生を変えて行く…。

ああ、これは見たい。これもすぐに見たい!

『Once Upon A Time…in Hollywood』(クエンティン・タランティーノ監督/アメリカ)
最初のラインアップ発表の際に入っておらず、皆をやきもきさせたタランティーノ新作ですが、後日になってめでたく追加発表されました。間に合うかどうか、ギリギリまで見極めていたのでしょう。

これはカンヌ公式HPがコメントで認めていることで、訳してみます(おそらくティエリー・フレモー氏によるコメント):

「7月後半完成とされていたので、間に合わないのではないかと心配していました。しかし4ヶ月間編集室を離れなかったクエンティン・タランティーノは、真にカンヌに忠実で間に合わせてくれる存在です。『パルプ・フィクション』のパルム・ドール受賞から25年、彼はカンヌに来てくれます。『イグロリアス・バスターズ』の時のように。新作は35mmで上映し、キャスト(レオナルド・ディカプリオ、マーゴット・ロビー、ブラッド・ピット)も揃います。タランティーノの少年時代のハリウッドへのラブレターであり、1969年のロックミュージック映画であり、そして映画全体への賛歌であります」。

これ以上付け加えることはありません。すごいことになりそうだ…。

『Mektoub, My Love: Intermezzo』(アブデラティフ・ケシシュ監督/フランス)
ケシシュ監督、『アデル、ブルーは熱い色』(13)で天下を制してから6年ぶりのカンヌコンペ復帰です。ヴェネチア映画祭でプレミア上映された前作『Mektoub, My Love: Canto Uno』(17)が3部作として構想されている青春サーガの第1部であり、今回の新作が第2部という位置付けであるはずです(第3部が作られるかどうかは完全には確認されていない)。

第1部では90年代の青春が描かれ、パリから故郷の街に帰省した青年が従弟とともに数多くの女性たちと過ごすひと夏の物語。今回はその続編です。ここでもカンヌ公式HPのコメントを訳してみます:

「私(訳注:ティエリー・フレモー氏と思われる)は作品を先週の木曜日に見ましたが(訳注:コメントが出たのが5月2日なので、4月25日のことか?)、まだ編集の真っただ中でした!しかし間に合うということで、監督は4時間の作品になるだろうと言っています。映画祭の最後日に組んでおけば上映素材は間に合うはず。(中略)チュニジア系フランス人のケシシュ監督によるこのサーガは、90年代のフランスの青春の見事なポートレートであり、第1部に引き続き同じキャストに出会えるのは幸せです」。

4時間か…。ああ、スケジュールが…。思い返せば、デプレシャンの前作『イスマエルの亡霊たち』にカンヌは2時間未満を強要したのではなかったっけ?しかし、ケシシュの新作を見ないという選択肢は存在しないので、何とかスケジュールが折り合う(そしてチケットが取れる)ことを願うのみ!

というわけで、以上コンペの作品を見てきました。こうやって詳しく見て行くと、重鎮や若手のバランスが意外に取れている気がしてきました。コメディーやドラマやゾンビやアートがあって、内容もバラエティに富んでいる。実は今年のコンペはとても楽しいかもしれない!

審査員は、委員長のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督を筆頭に、以下、エル・ファニング(米女優)、マイモウナ・ンジャイエ(ブルキナファソ女優)、ケリー・ライチャード(米監督)、アリーチェ・ロルヴァケル(伊女優)、エンキ・ビラル(仏監督)、ロバン・カンピヨ(仏監督)、ヨルゴス・ランティモス(ギリシャ監督)、パヴェル・パヴリコフスキ(ポーランド監督)、という布陣です。

果たしてどの作品が受賞するのか、あるいはどの作品が受賞を逃して話題となるのか、心して臨みたいと思います。

次回は「ある視点」部門を予習します!
《矢田部吉彦》

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