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【MOVIEブログ】2020年ベルリン映画祭 Day9

28日、金曜日。いよいよベルリン出張最終日。今年も最後まで体調万全で来られてよかった(お腹のギュルギュルはご愛敬として)!有終の美を飾ろうと、気合を入れて外へ。今朝は薄曇り。気温は2~3度くらいかな。気持ちがいい。

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(c)Cosmopol Film "There is no Evil"
28日、金曜日。いよいよベルリン出張最終日。今年も最後まで体調万全で来られてよかった(お腹のギュルギュルはご愛敬として)!有終の美を飾ろうと、気合を入れて外へ。今朝は薄曇り。気温は2~3度くらいかな。気持ちがいい。

まずは9時から、コンペ部門でリティ・パン監督新作『Irradiated』へ。

人間の蛮行が起こす戦争の地獄を、無数のフッテージを繋いで見せていく映像詩。3分割の画面を駆使し、アウシュビッツ、ヒロシマ、ベトナムなどで惨殺される無辜な人々の姿がスクリーンを埋めていく。20世紀の戦争映像の集大成的作品であり、後世に遺すべき圧倒的な記録になっている。画面に溢れる究極の悪を要約する語彙を、今の僕は持たない…。

同時に、(確認が必要だけど)レネの『夜と霧』からの映像も引用されていると思われ、映像と表象可能/不可能性を巡る考察において、今後は本作も貴重なレファレンスとなってゆくに違いない。

劇中のモノローグで語られる「平時に撮影してはいけない」という一節が頭から離れない。映像フッテージの意義とその受け止め方に深い示唆を与えてくれる本作は、映像が溢れる今日に対していかなるメッセージを発しているだろうか?本作にデジタルフッテージは無く、シリアもウクライナも登場しない。しかし戦争は無くならず、記録は増え続けるだろう。「映像の世紀」たる20世紀から、デジタル時代の現在へ。本作は、21世紀における歴史と映像記録のあり方について、表現者と観客双方の姿勢を問いかけてくる。

カンヌであれば社会派ドキュメンタリーを集める「特別上映」枠で紹介されそうなところ、本作をコンペの一本としたのはベルリンの面目躍如だろう。

続けて11時半からもコンペ作品で、イランのモハマド・ラスロフ監督新作『There is no Evil』(写真)へ。

ヘヴィで難解な内容を予想していたら、意外にも素直なストーリー展開を持ち、作品世界に入りやすい。ある主題を共有する4本のショートストーリーで構成される長編作品で、それぞれのエピソードには関連は無さそうに見えるものの、最後に巧みに輪が閉じられる。脚本が上手いし、端的に言って面白い。

しかし、各短編に共通する主題が死刑制度であることが、感想の単純化を許さない。正当な裁判や手続きを経ないまま死刑が執行されることがあるというイランの死刑制度を告発する内容であり、劇中の人物たちは異なる形で死刑に関与し、苦悩を深めていく。

死刑に反対するか、体制や法に屈するか。登場人物たちのジレンマは、そのままラスロフ監督の現状を代弁している。監督は反政府的映画を作った咎で2017年に旅券を没収され、行動を制限されている。よって、ベルリンのプレミア上映には立ち会えない。それどころか、2週間ほど前に懲役刑が決まり、控訴も認められないという(刑期の始まりも不明であるらしい)。あまりの事態に、言葉が無い。

本作は、当局に目立たないように4本の短編を製作する体を取り、そしてラスロフの名前は表に出さずに作られたとのこと。撮影もほとんどがゲリラ。短編を繋げたストーリーテリングが巧みであるなどと指摘して喜んでいる場合では全くないのだ。

しかし、上記を承知した上で、それでもやはり本作のストーリーテリングは面白いと言いたい。主題は超ヘヴィだけれども、各エピソードは起伏に富み、決して深刻であるばかりではない。観念的でもあった過去作に比べ、エンタメ性があるとさえ言いたいほどだ。これだけの苦境の中でこんな作品が撮れるとは、なんと肝の座った才能だろうか。並みの人間の想像を絶する。

そして、監督の今後について、深く祈るのみ。

上映終わって外に出ると、快晴が広がっている!ついに、ついに、晴れた!

次の上映まで空いた時間を利用して、屋台でハンバーグのサンドイッチを頂いて(ジューシーで美味!)から、スーパーに行って少しお土産を買って、ホテルに置きに帰り、すぐに外に出直して会場に戻る。

16時から、「パノラマ部門」のアメリカの作品で『Bloody Nose Empty Pockets』というドキュメンタリー映画へ。

ラスベガスの一角にあるバーが閉店を迎え、常連客が集まって最後の夜を過ごす様子が描かれる。元役者の老人や、水商売風な女性、あるいは単に近所の人たちが、それぞれ実に良いキャラクターで見入ってしまう。みんなもちろんどんどん酔っ払って行くのだけど、グダグダになって荒れたりせず(少しはするけど)、むしろ人間味が深まって、感動的ですらあるのだ。

行きつけの店を持つ喜びと、その店を失う悲しみは僕も経験していて、家のように居心地が良かったお店と常連仲間を失ってしまった心の穴は、未だに埋められていない…。

朝が来て、祭の終わりを迎えるエンディングは、まるでカサヴェテスの『ハズバンズ』を彷彿とさせる。何とも素敵でビターなヒューマン・ドキュメンタリー!

上映終わるとすぐにスクリーンを移動して、18時から「エンカウンター部門」のインドの作品で『The Shepherdess and the Seven Songs』。カシミールの山間地域で羊の放牧を営む女性が望まない結婚をするが、地元の役人に言い寄られて困惑する物語。

タイトル通り、物語に寄り添う形で7つの伝承歌が歌われていく。ほのかなユーモアも楽しく、カシミールの山々が神々しい。最後にヒロインの取る行動は、世界各地に伝わる神話にも共通しそうだ(例えば、ジョージアの『聖なる泉の少女』)。とても美しく、趣に溢れる寓話に心が洗われる。

それにしても、今年から新設された刺激的な「エンカウンター部門」の全15作品のうち、7本しか見ることが出来なかったのが、しょうがないとはいえ、残念だ…。見た中ではこのインドの作品と、『Shirley』、そして『The Trouble With Being Born』がよかったなあ。市山尚三審査員がどのような判断を下すか、とても楽しみ。

今年、見逃して特に残念だったのは、「エンカウンター部門」のクリスティ・プイユ監督新作と、同部門のスウェーデン人監督が日本を舞台に撮った8時間の作品、「スペシャル上映部門」のジョニー・デップ主演『MINAMATA』、同部門のDAUプロジェクト作品、などなど、もうキリがないけれど、ベルリンは本当に巨大で、その一部を見られただけでも幸せだと思わないとバチが当たる。

屋台で今年最後となる最愛ソーセージを頂いて、こいつともしばしのお別れだ。来年また会えますように。

それからドーナツ屋さんに入り、コーヒーで一休み。21時にメイン会場に赴き、僕の今年のベルリンの最後の上映列に並ぶ。

22時からの「スペシャル上映部門」に出品されているフランスのアンヌ・フォンテーヌ監督新作の『Night Shift(仏題Police)」。

世界で最も精力的に、そして定期的に作品を作り続けている女性監督はアンヌ・フォンテーヌだと思うのだけれど(93年のデビューから2020年までの27年間で実に18本もの長編を監督しており、2年に1本以上だ)、僕は彼女の作品に失望したことがほとんどない。本数とクオリティーの高さは男女関係なく突出しており(対抗できるのはフランソワ・オゾンくらいではなかろうか)、もっと評価されるべき監督だと思う。

さて、多岐に渡るフィルモグラフィーを誇るフォンテーヌ監督が今回挑んだのが、警察映画。主演は大人気のヴィルジニー・エフィラ(こんなにも可愛さと美しさが共存する女優を僕は他に知らない)と、オマール・シー、そして僕が最も好きなフランスの俳優のひとりであるグレゴリー・ガドボアも共演している。さらにイランのスター俳優ペイマン・モアディ(『別離』、『ジャスト6.5』)も。これを必見と言わずして何が必見であろうか!?

警察映画とはいえ、アクション映画ではない。人間としての警察官の感情が描かれる。商業映画に寄り過ぎず、かといってアート映画のリアリズムとも違う、さすがのアンヌ・フォンテーヌ節だ。もちろん、肩の力を抜いて見ることも出来る。つまり、出張の最後に見るのにとてもふさわしい作品だった!

充実した気分で宿に戻り、同僚と合流して打ち上げ的ビールを一杯だけ。それから締めのブログを書く。

賞は明日発表になるのかな。コンペ作品ではアベル・フェラーラ監督作だけ見逃してしまったけれど、まあせっかくだから予想をしよう。しかし、いやあ、難しい。満場一致の突出した本命はいないと思う。その上での、個人的な予想は…。

・最高賞(金熊賞):『There is no Evil』(モハマド・ラスロフ監督)
・審査員特別賞:『Undine』(クリスチャン・ペツォルト監督)
・監督賞:ケリー・ライヒャルト(『First Cow』)
・女優賞:『Never Rarely Sometimes Always』の主演女優
・男優賞:エリオ・ジェルマーノ(『Hidden Away』と『Bad Tales』)
・脚本賞(あれば):『Delete History』
・ベルリン映画祭70回記念特別賞(あれば):リティ・パン『Irradiated』

上記以外のフェイバリッツを部門横断で挙げるとするなら、フィリップ・ガレル、ホン・サンス、ツァイ・ミンリャン、『ピノキオ』、『Shirley』、『Little Girl』、『Sweet Things』、『Bloody Nose Empty Pockets』,『The Trouble With Being Born』、などが大好きで、そして偏愛するのが『Zeus Machina』と、ギヨーム・ブラック。

とここまで書いて、ぼちぼち3時。今年もそろそろ終了です。パッキングは明日朝に回すとしても、12時15分の便なので8時に起きれば大丈夫。今年も万全で乗り切ったベルリン、素晴らしい70回記念回でした。

日本はなかなか大変なことになっていると思うけど、覚悟して帰ります。改めて、このダラダラとしたベルリンブログに今年も付き合って下さった方に、深く御礼申し上げます。ありがとうございました!そして、お疲れ様でした!
《矢田部吉彦》

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