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映画『おもかげ』が描く、絶望に閉ざされた心を救う希望と再生の旅

たった、約15分。この短い時間で、いかに人生は変わってしまうのか。

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Illustration:トモマツユキ
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  • (C)Manolo Pavon
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たった、約15分。この短い時間で、いかに人生は変わってしまうのか。怒濤の瞬間をほぼワンシーン・ワンカットで描いた約15分の短編映画『Madre』(原題/2017年製作)は、第91回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされた。世界各国の映画祭へと出品され、50以上もの映画賞を受賞。多くの人の心を揺さぶってきた。映画『おもかげ』は、緊張が高まっていくこの約15分を序盤とする長編映画。いわば、アカデミー賞ノミネート短編の”その後”なのだ。

(C)Manolo Pavón
平穏なある日。スペインで暮らすエレナは、息子から電話を受ける。元夫とフランスを旅しているはずだが、父親が見当たらないという。不安がる息子をなだめているうち、大きな危険が迫っていることに気がついたエレナだったが……。

ほんの約15分の作品とはいえ、サスペンスフルで濃厚な『Madre』。長編作品『おもかげ』の礎となったこの短編は、単独の作品としても極めて完成度が高い。一本の電話をきっかけに始まる、6歳の息子との胸がきりきりするような会話と予測不可能な展開を描いたその作品は、観る者を一瞬にして劇中の世界に引き込んでいく。その臨場感と、まるでドキュメンタリーのようにリアルな母の痛みと愛に胸が引き裂かれるようだ。

あの日から10年。エレナは息子が消えた、フランスのあの海辺にいる。バカンス客が訪れるカフェで働いているのだ。まるで、失った息子の近くにいようとするかのように。ある日、息子の面影を宿したフランス人少年ジャンと出会う。ジャンはカフェを頻繁に訪れ彼女を慕うようになり、急速に距離を縮めていくのだった。

Illustration:トモマツユキ
エレナの10年はいったいどんな月日だったのだろう。運命への怒り、無責任な元夫への怒りや恨み、大切な息子を守れなかった後悔や罪悪感、不安、不信、失望、そして絶望。激しい感情に疲れ果てたとき、人はこれ以上の悲しみを感じずにすむよう心を閉じてしまうことがあるという。穏やかに浜辺を歩くエレナの姿が度々映し出されるが、そこにあるのは穏やかさではない。諦念だ。10年前、彼女が失ったのは息子だけではない。人生そのものを失ったのだ。
だが、長年堅く閉ざされた心の扉をたたく何かに出会うのも、実は一瞬なのかもしれない。

息子の面影を纏うジャンとエレナがすれ違ったのもほんの一瞬のこと。そして、彼の存在によって、エレナは強い感情を目覚めさせていく。彼について知りたい、彼の姿を見たい、会いたい―。だが、親子ほど年が離れていても、二人は男女。二人の関わりはどうしても不適切な関係に見えてしまうのだから、何とも切なくもどかしい。

(C)Manolo Pavón
エレナとジャンの感情がセリフで語られることは、あまりない。だが、お互いが特別な絆を感じていることは、視線や仕草、行動からよくわかる。つい私たちは人と人の関係を、わかりやすい枠にはめ込み、ジャッジしようとしてしまう。だが、友情も恋も、所詮は人間が都合上名づけたカテゴリーに過ぎない。
無数にある人間関係のすべてに、名前などつけられるのか。名前など必要なのか。わかりやすさを求める人々(劇中ではジャンの両親や友達、エレナの恋人)にとって、彼らの関係は理解し難いのだろう。本作は、そんな世間の狭量さを、しなやかに押し戻す。今日もどこかで名もない関係や名もない感情に、誰かが勇気づけられ救われているはずなのだと。
ジャンがもたらしたその名もなきものに触発され、エレナは自らを救う感情を取り戻すことになる。それが導く先にあるのが、希望という光なのだと信じたい。

とはいえ、これはあくまでも本作の味わい方の一例だ。こんな風に、観る人にさまざまな解釈を許し、想像を掻き立ててくれるのが、寡黙にして雄弁な本作なのだ。

物語を彩る海辺の風景も同様だ。美しい魂の再生を描く本作の舞台となっているのは、フランス南西部の海辺のリゾート地ヴュー=ブコー=レ=バン。欧州の開放的な夏を物語る、自由なムードに包まれている。海外旅行ができない今、これまで以上に目を楽しませてくれるヨーロッパの華やかなビーチリゾートの風景は何とも魅力的だ。だが、良く目をこらせばこれも物語の単なる背景ではないのだと感じられる。

Illustration:トモマツユキ
美しい海。だが、寄せては返す波は、常に悲しみから逃れられないエレナの心の表出のようだ。人々が羽目を外すバカンスの賑わいも、その中心にいても一人異質な空気を纏うエレナの孤独と絶望を強調している。観る者が問えば、無口に思える背景すら雄弁に物語を紡ぎ出す。余白や行間を楽しむことこそ、ヨーロッパ映画の醍醐味。『おもかげ』でも、存分にそれを堪能して欲しい。




『おもかげ』は2020年10月23日(金)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開。


【STORY】
エレナは離婚した元夫と旅行中の6歳の息子から「パパが戻ってこない」という電話を受ける。ひと気のないフランスの海辺から掛かってきた電話が、息子の声を聞いた最後だった。10年後、エレナはその海辺のレストランで働いていた。ある日、息子の面影を宿したフランス人の少年ジャンと出会う。エレナを慕うジャンは彼女の元を頻繁に訪れるようになるが、そんな2人の関係は、周囲に混乱と戸惑いをもたらしていった――。
これは、暗闇から光へ、死から生へ、罪悪感から赦しへ、そして恐怖から愛へと少しずつ歩み始める、ひとりの女性の再生の物語。

監督・脚本:ロドリゴ・ソロゴイェン
共同脚本:イサベル・ペーニャ
撮影:アレックス・デ・パブロ
出演:マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュール、アンヌ・コンシニ、フレデリック・ピエロ

作品ページ:http://omokage-movie.jp/
Twitter:@omokage_movie

(C)2019 MALVALANDA S.L.U., CABALLO FILMS S.L., ARCADIA MOTION PICTURES S.L., AMALUR PICTURES A.I.E., LE PACTE S.A.S., NOODLES PRODUCTION S.A.R.L.


『おもかげ』を観る
《牧口じゅん》

映画、だけではありません。 牧口じゅん

通信社勤務、映画祭事務局スタッフを経て、映画ライターに。映画専門サイト、女性誌男性誌などでコラムやインタビュー記事を執筆。旅、グルメなどカルチャー系取材多数。ドッグマッサージセラピストの資格を持ち、動物をこよなく愛する。趣味はクラシック音楽鑑賞。

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