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【映画と仕事 vol.20】アートディレクター石井勇一が語るポスター&パンフレットのデザインの世界

映画に携わる“仕事人”にその裏側や魅力について話を伺う【映画お仕事図鑑】。今回は『逆転のトライアングル』のポスター、パンフレットなどのアートディレクションを担当した石井勇一さんに話を聞いた。

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アートディレクター石井勇一
アートディレクター石井勇一 アートディレクター石井勇一
  • アートディレクター石井勇一
  • 『逆転のトライアングル』Fredrik Wenzel © Plattform Produktion
  • 『別れる決心』© 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
  • 『アラビアンナイト 三千年の願い』© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.
  • アートディレクター石井勇一と愛猫
  • アートディレクター石井勇一
  • 『逆転のトライアングル』Fredrik Wenzel © Plattform Produktion
  • 『逆転のトライアングル』Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

日本独自のポスターデザイン、完成までの工程


――ここから具体的に映画(洋画)のポスター、チラシ、パンフレットなどのデザインの仕事をどのように進めていかれるのかうかがってまいります。

まず最初にお話をいただいたら、初号試写と呼ばれる関係者・マスコミ向けの試写があるので、そこで作品を拝見した上で、引き受けられるかどうかを決めます。

そこで正式にお引き受けすることになったら、その後、1か月くらいをかけて(ポスターやチラシで使用される)メインビジュアルを開発していきます。

実は、その間にムビチケの入稿期限があることが多いので、ムビチケの画像に関しては、本国のビジュアルを使い、仮ロゴとして組んだものを入稿したりする場合もあります。なので、みなさんの手元に届くムビチケのビジュアルは、実は最終的なビジュアルやロゴとは全く違うものだったりする場合もあります。

『アラビアンナイト 三千年の願い』

これは余談ですが、昔の「前売券」全盛の頃は、メインビジュアルを決めて、マスコミ用の試写状を作って、その後のタイミングで前売券を作っていたんですけど、ムビチケは少し早いんですね。

その後、メインのビジュアルが決まって…と言ってもすんなり決まればいいんですが、なかなか決まりにくい作品性の場合もあって(苦笑)、そういう場合は事前に複数案を提案して絞り込んでいきます。そこで方向性が決まったら、チラシの裏のデザインに移ります。このあたりは毎回、時間がありそうで意外とないことが多くて、一番つらい時期ですね(笑)。

それを越えると、マスコミ用のプレス、映画館で販売されるパンフレットを作っていきます。

――メインビジュアルが本国のポスターなどで使用されていたものから変わることは多々あるのでしょうか?

そうですね。そこは宣伝の方向性にもよります。日本と本国で、映画の宣伝方法が異なるという部分が大きいと思います。日本だと広告性を重視していて、とにかく数を動員しないといけないという方向で動いていて、打ち出し方が広告に近いんですよね。

作品性やアート性を出し過ぎても、(ポスターの前を)素通りされてしまいがちなので、その作品からどういう感動や感覚を得られるかを説明しないと実際に人が動かないという実情は昔からあります。コピーなしのファンポスターみたいな感じでいけるかというと難しいんですね。

今回の『逆転のトライアングル』で言うと、本国のビジュアルを派生して作っているんですけど、そうじゃなく全くガラッと変えて、劇中のシーンからビジュアルを切り出して使うこともありますし、そこはわりと自由ですね。

――洋画が日本で公開される際のポスタービジュアルや邦画タイトルが、本国のものとかけ離れていたり、その作品の持っているアート性が反映されていないということがSNS上で批判を呼ぶこともあります。コアな映画ファンとなかなか劇場に足を運ばない人々がいる中で、後者を広く呼びこまなくてはいけないという部分で難しい部分、ジレンマもあるかと思いますが…。

そういう様々な意見が飛び交うのは良いことだと思いますし、批判的な意見もありがたく受け止めています。ただ、そこはおっしゃるようにジレンマもありまして、普段、あまり映画を観ないという方にもいかに劇場に足を運んでもらうか? というのが、多くの場合、映画ポスターの目的なので、ペルソナ(=ターゲットとなるユーザー像)を決めて、作っていくというのが日本独自のやり方だと思います。

――今回の『逆転のトライアングル』のポスタービジュアルは、傾いた黒い枠の中に、豪華客船に乗り込んだセレブたちがくつろいでいる姿が映りつつ、後部では炎上が起きているというゴージャスさと不穏な空気が混在した構図になっています。そして、映画を観た人ならわかる黄金の“あるもの”がポスターにもぶちまけられていて…というデザインですが、どのようなコンセプトで作られたのでしょうか?

作品性の高さという点では、カンヌでパルムドールも獲っていて、ファンや映画好きは間違いなく動く作品だと思うので、あとは若い人たち、特に皮肉も含めてファッション文脈の多い作品でもあるので、そういうのが好きな人たちにも広げるという意味で、感度を上げていかないといけないだろうと思いました。

ファッションブランドで、フチをとって背景を白にする角版(切り抜き)をあえて内側に入れるデザインというのをよくやるんですね。黒枠は「CHANEL(シャネル)」や「CELINE(セリーヌ)」といったブランドで、昔からよくあるもので、下にシンプルにロゴをバンっと入れるというものなんですけど、意外とこのスタイルってファッションでしか見たことがなかったんですよね。あの面白い文化を上手く皮肉に落とし込めたらいいなというのが最初に思い付いたアイディアでした。

『逆転のトライアングル』

あとはこの写真をどう調理してはめるか? いくつかのパターンを提案しました。写真が斜めに傾いているのは、本国のビジュアルでも船長だけが斜めになっているものがあったので、それをあえて正対にして、全体が斜めになるようにしたら、ポスターとして貼った時に、なぜか曲がっている違和感が人間の錯視的に引っ掛かるだろうと考えました。

加えて、ポスターとして貼られた時、今回の作品でも非常に印象的な“ゲロ”がポスターに掛かっていたら、それ自体がセンセーショナルだし、そんな汚いポスターはいままでないだろうと(笑)。でも、加工されてそこまで汚くはないんですよね、シャンパンだからなのか…(笑)。あの「キレイなのにグロい」という謎の違和感を出せたら良いなということで、あえて金のインクをアナログ的に垂らして作っています。

富豪の象徴としての金(ゴールド)やシャンパンゴールドのゲロという、ポスターを見て「なんかキレイだけど、これは何だろう?」と思ってもらえて、映画を観ると手にも取りたくなくなるような(笑)、そんな二面性を出せたら面白いなと思いました。

――序盤のレストランでの「誰がデート代を支払うか?」という口論を中心とした、モデルでインフルエンサーのヤヤとカールのカップルのパート、中盤の豪華客船パート、そして、船が難破し、たどり着いた無人島でのサバイバル生活のパートと本作はパートごとに雰囲気がガラッと変わります。この豪華客船のセレブたちの姿をメインビジュアルにした決め手は?

この映画、いろんな切り口があって、おっしゃるように場面ごとに全く雰囲気も変わるので、いろんなつくり方ができたと思います。ただ、この場面が一番、これからまさに逆転が起こる直前の違和感があるんですよね。我々からしたら、豪華客船に乗ってシャンパンを飲みながらのんびりしている様子って、思い切り“非日常”じゃないですか? しかも、後ろのほうを見ると炎上しているというのは、フックとしてすごく良いレイヤードをしているなと本国のビジュアルを見て思ったんですね。

しかも、海の先には島があって、“逆転”してのし上がるアビゲイルの姿も控えていて……というビジュアル性の高さを1枚でうまく表しているんですよね。シンメトリーの構図も美しいですし、よくできたビジュアルだなと思ってこれを採用しました。

『逆転のトライアングル』

――ちなみに、洋画と邦画ではポスタービジュアルのデザインの工程、コンセプトなどは大きく変わってくるのでしょうか?

全然違いますね。同じ業界ですが、つくり方も時間も違ってきます。邦画ですと、撮影される前からお話をいただくことも多いですし、それこそ昔は台本の表紙のデザインからスタッフTシャツまで担当することもありました。

洋画はスケジュール的に、短い時で3か月、長い時でも6~7か月ですが、邦画なら1年半前からということもあります。邦画のほうが、製作委員会があったり、関係者の数も多いですし、各俳優さんの所属する事務所の確認などもありますので、工程数も大きく変わってきます。

――先ほどお話に出たような、日本の映画興行におけるポスタービジュアルに対する批判がある一方、近年、邦画でもアート性の高いポスターやチラシが掲出され、話題を呼ぶことも増えてきました。『花束みたいな恋をした』、『はい、泳げません」などではティザーポスターで、キャストの写真を使わず、イラストを使っているのも話題になりました。それぞれの作品のキャストの豪華さ(『花束みたいな恋をした』は菅田将暉、有村架純、『はい、泳げません』は長谷川博己、綾瀬はるか)を考えると、なかなか稀有なケースかと…。

あのティザーに関しては、配給・製作会社がリトルモアさんだったという部分が大きいと思います。わりと文化的アプローチを好まれるプロデューサーさんが多いので、イラストを使ったりして何かしらのフックをつけて気に留めるというやり方を採用されていました。制作の時間が長いゆえに、そういう戦略が広がってきていて、それは良い傾向だなと思います。


《photo / text:Naoki Kurozu》

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