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アカデミー賞史上最多ノミネート! 『罪人たち』が描く“恐怖の構造” 

2025年、一本のホラー映画がハリウッドを揺るがした。『ブラックパンサー』シリーズのライアン・クーグラー監督が放った『罪人たち』は、アメリカで熱狂的な支持を受け、大ヒットを記録。第98回アカデミー賞では、作品賞・監督賞・主演男優賞ほか史上最多の16部門にノミネートされている。

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『罪人たち』(C) 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
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2025年、一本のホラー映画がハリウッドを揺るがした。『ブラックパンサー』シリーズのライアン・クーグラー監督が放った『罪人たち』は、アメリカで熱狂的な支持を受け、大ヒットを記録。第98回アカデミー賞では、作品賞・監督賞・主演男優賞ほか史上最多の16部門にノミネートされている。

とある双子の兄弟が開いた酒場に、招かれざる客がやってくる。客人たちが熱狂するなか、歓喜は絶望に呑み込まれ、狂乱の一夜が始まる――。

あえて乱暴な言い方をすれば、『罪人たち』はオーソドックスな構造のホラー映画だ。ジャンル映画であることを否定せず、現代の問題を反映した寓話的な仕掛けを用意することも、人間ドラマへ過剰に傾斜することもなく、血みどろの暴力と恐怖が連鎖する138分である。

普通ならば無視されてもおかしくないようなこの映画を、なぜアカデミー賞は正面から評価したのか。それは本作が、いわゆる言葉通りの“恐怖”ではなく、ある共同体が歴史において引き受けてきた“恐怖の構造”を描いていたからではないか。

※以下ネタバレを含む表現があります。ご注意ください。

共同体をひとつにする“音楽”

『罪人たち』(C) 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

1932年、ミシシッピ州の田舎町クラークスデールに、双子の兄弟スモーク&スタック(マイケル・B・ジョーダン)が帰ってきた。ジム・クロウ法のもと、黒人が社会の周縁へと追いやられていた社会であっても、兄弟は性格や方向性、そして白人への視線が異なるがゆえ、うまく立ち回ることができているようだ。

もっとも、ふたりがオープンする「ジューク・ジョイント」と呼ばれる酒場は単なる飲み屋ではなく、白人社会において抑圧され、疎外されてきた人々がしばし“解放”されることを許される場所だ。ブルースが奏でられ、人々が踊り狂う、これぞ祝祭空間である。

したがって『罪人たち』における音楽は、ただ雰囲気を盛り上げるためのものではない。20世紀初頭、彼らが歌い踊るブルースは、教会から“悪魔の音楽”として扱われていた。なぜなら聖なる音楽であるゴスペルに対し、ブルースは怒りや悲しみ、そして欲望を歌うからだ。スモーク&スタックに協力する従弟のサミー(マイルズ・ケイトン)も、神父である父親ジェドから「悪魔と踊ると、家までついてくるぞ」と警告を受ける。

教会が信仰や倫理によってコミュニティをつなぐ場所だとしたら、ジューク・ジョイントは音楽によって共同体をひとつにする場所だ。監督のライアン・クーグラーはこのことにきわめて意識的で、前半のクライマックスでは過去と現在を越境し、酒場の建物が燃えるイメージによって、彼らをその閉鎖空間からさえ解き放とうとしている。

そして、それほど音楽が雄弁かつ強力であるからこそ、アイルランドからやってきた吸血鬼レミック(演じるのは『28年後... 白骨の神殿』での怪演も印象的だったジャック・オコンネルだ)はジューク・ジョイントを見つけ、この場所に入り込もうとする。暴力ではなく、彼らが提唱する“平等と音楽”によって。

レミックたちはコミュニティの関係性を逆手に取ることで、ものの見事に招き入れられる。その後、吸血鬼に噛まれた人々も“招かれないと中に入れない”ことがルールになるのだ。

「吸血鬼が中に入ることを求めるのはお約束」だと、クーグラーはFilmmaker Magazineで語っている。「この映画ではコミュニティを描いています。彼らは愛し合っており、子どもの頃から知り合いで、誰もが自分たちの空間に入りたがっている。家族とコミュニティこそが彼らのすべてで、ほかのものは奪い取られてしまった……そこに恐ろしい存在がやってくるのです」

すなわちジューク・ジョイントという、コミュニティの連帯を表象する場所だからこそ、吸血鬼たちはたやすく中に入り込むことができた。悲劇のきっかけとなるのはスタックの恋人メアリー(ヘイリー・スタインフェルド)だが、やはり絆と信頼という共同体の前提こそが恐怖を招き入れてしまう。

やがて、レミックらに噛まれた人々も別のコミュニティを作りはじめる。記憶を共有し、同様に“ひとつになる”のだ。同じくFilmmaker Magazineにて、「吸血鬼においてもコミュニティの形成と強化を描きたかった」とクーグラーは言っているが、このとき、レミックたちがアイルランドからやってきたという設定が活きてくる。

吸血鬼はなぜアイルランドからやってきたのか

『罪人たち』(C) 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

もとよりアイルランドは、同じ国内でありながら、イギリスによってさながら植民地のような支配を長らく受け、土地の収奪や宗教差別を経験してきた。19世紀半ばの大飢饉では100万人単位の死者が出たほか、多くの人々が故郷を追われてアメリカへ渡っている。

アメリカに移住したアイルランド人たちは、貧困や反移民・反カトリックの差別にさらされながらも、長い時間をかけて“白人”として権力構造のなかに組み込まれていった。結果的に、アイルランド系移民は黒人のコミュニティとは異なる位置を占めるようになったのだ。

同じように支配され、排除されてきた人々が、歴史のある局面では支配し、排除する側に回る――。こうした複雑な歴史のねじれを、『罪人たち』のなかでレミックらは再現している。彼自身が口にするように、「父の土地を盗んだ者たち」への怒りをにじませながら。

また、クーグラーが「アフリカ系アメリカ人の文化とアイルランド文化にはたくさんの共通点がある」とIndieWireで述べているように、歌もそのうちのひとつだ。アイルランド文化において、歌は文字に記されなかった歴史や、抑圧と喪失の記憶を共有し、伝えるものだった。やはり、歌はコミュニティをまとめあげる機能を持っていたのである。

すなわちレミックたちは、スモーク&スタックたちと似た記憶と傷を持っている。だからこそ、攻撃の先で起こるのは一種の同化であり、単純な暴力がもたらす恐怖とはやや異なるものだ。そこでは人々も文化も吸収され、“招き入れられた”内側からすべてが塗り替えられていく。

『罪人たち』(C) 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

もっとも彼らの戦いに決着がついたあとには――劇中で何度も示唆されているように――今度は外側からの暴力がやってくる。白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)である。映画の最後に現れるのは、もはや超自然的な異形の生物ではなく、現実そのものなのだ。

『罪人たち』はこうした恐怖の構造を、あくまでもエンターテインメントとして、ホラー映画としての面白さたっぷりに成立させた。アカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞はもちろん、撮影・美術・音響・編集・作曲などもことごとくノミネートされているあたり、フィルムメイキングとしての一貫した完成度が評価されたのだろう。

『ブラックパンサー』シリーズを通じて、純度の高いエンターテインメントと、自身が探究する社会性・歴史性の融合をつづけてきたライアン・クーグラー。『罪人たち』は、まぎれもなくそのひとつの到達点だ。

《稲垣貴俊》

ライター・編集者 稲垣貴俊

海外映画を専門に、評論やコラム、インタビューなどの幅広い文章を、書籍・雑誌・映画パンフレット・ウェブメディアなど多数の媒体で執筆。国内舞台作品のリサーチ・コンサルティングも務める。

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