1945年3月10日未明、東京大空襲は起きた。アメリカ軍の爆撃機による集中砲火により、木造家屋が多かった東京の下町は火の海になった。その惨禍に記憶を失い、自分が何者なのかも分からず懸命に生きてきた女性が、周囲の人たちと心を通わせつつ、人生の終末に失った記憶を見つけようとする様を描く。中原文は幼いころ、空襲に遭い、それ以前の記憶を失った。一番愛してほしい親から名前を呼ばれて味わう温もりも知らないまま、終戦後を必死に生き抜いてきた。例年、春季慰霊大法要に参加し、断片的な記憶を辿って育った家や両親の名を探し求め続けている。死期を間近にした今年も大法要に参加するが、手掛かりすら見つけられずにいた。そんな文は、長期滞在中のホテルで若い経営者・佳奈と出会う。佳奈は経営難により地主から立ち退きを迫られていた。それぞれに痛みを抱えた二人は、やがて心を通わせていく。佳奈たちとの親交が、やがて文の止まっていた時間を動かし始めた。文は、失った記憶を取り戻せるのだろうか?
岩本崇穂