バーンスタインや小澤征爾の教えを受け、世界の一流オーケストラを指揮してきた佐渡裕。2018年、九州ツアーの合間に招かれたイベントに参加するため、福岡県行橋市を訪れた。そこで耳にしたのは、地元・福岡県立育徳館中学校・高等学校管弦楽部による歓迎演奏だった。心を揺さぶられた佐渡は、その場で生徒たちへの指導を始めてしまう。この出会いをきっかけに、佐渡は「地元・行橋に音楽の喜びを届け、街を活性化させ、ティーンエイジャーが世の中を動かすことを証明する」を条件に演奏会の開催を提案。2020年春に開催予定の町のイベントへ向け、演奏会の計画が動き出した。生徒たちが演奏曲として提案したのは、世界中で愛され続けるベートーヴェンの《交響曲第9番》、通称「第九」。管弦楽部では演奏経験はない楽曲だったが、市民も参加できる形で、地元・行橋市や地元企業、地域の合唱団の協力を得ながら、学校と地域が一体となって音楽を創り上げる――そんな思いが込められた選曲だった。生徒たちは、難曲・第九に挑む覚悟と、佐渡の指揮で演奏できる喜びを胸に、仲間と共に練習に取り組んでいく。しかし、コロナ禍により演奏会は延期となる。その翌年、ようやく佐渡の指揮による演奏会は実現したものの、合唱を伴う第九の演奏は叶わず、別の楽曲へと変更された。本来、第九に挑むはずだった高校生たちは、その想いを残したまま卒業していった。それから3年。2023 年秋、生徒たちとの約束を果たすべく、計画が再始動し、約1年後の演奏会開催が決定した。計画の当初、先輩の背中を見て育った中学生たちは高校生となり、第九を受け継ぐこととなった。マエストロと新世代のオーケストラを中心に、プロの演奏家やソリスト、地元の合唱団、そして当時、第九の舞台に立つはずだった卒業生が集結し、6年越しに再び、難曲へ挑む。
臼井賢一郎
椎名林檎