大ヒット曲「ユア・ビューティフル」で知られるイギリスの歌手ジェームス・ブラントが、“アメリカの母”と慕っていたキャリー・フィッシャーとの思い出を披露し、キャリーを偲んだ。ジェームスは、「The Sunday Times」紙のインタビューで、キャリーにデビューアルバムの製作時から世話になっていたことを明かした。「デビューアルバムをロサンゼルスで製作する」とキャリーに話したところ、キャリーは自宅への滞在をオファー。アルバムの中の1曲「グッバイ・マイ・ラヴァー」のレコーディングは、キャリーの家のピアノを使って行われたそうだ。「キャリーは僕にとっての“アメリカの母”であり、素晴らしいインスピレーションを与えてくれた女性だ」とジェームスは言う。キャリーの家に滞在中、キャリーはジェームスの部屋のドアの外側に、段ボールをカットして作ったレイラ姫の自分を飾ったというが、「レイラ姫のおでこのところに、キャリーが自分の誕生日と“命日”を書いたんだよね。それが、正確な日付は思い出せないんだけど、ちょうど本当にキャリーが亡くなった頃だったと思うんだ」とまるでキャリーが自身の死を予想していたかのような過去を語った。また、ジェームスは「ものすごく残念なのは、キャリーに息子のゴッドマザーになってもらったのに、2人が知り合う機会を作れなかったことだよ」とキャリーの死を嘆いた。
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