【シネマモード】映画に「騙される」秋 壮大な“だまし絵”『鍵泥棒のメソッド』

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『鍵泥棒のメソッド』 -(C) 2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会
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人間とは、何と思い込みの強い生き物なのでしょう。そんなこと、散々分かっていたはずなのに、映画『アフタースクール』を観たときに、つくづくそう感じたことをいまでもはっきり覚えています。“思い込む生き物”の特性を手玉に取るかのように、見事に楽しく観客を騙してくれたのは、内田けんじ監督。彼の新作が完成したと知り、「騙される感動をもう一度…」とばかりに、『鍵泥棒のメソッド』を観てきました。今回もスカッと爽快感のある面白さが全編に充満。「あぁ、楽しかった」とつくづく感じる作品となっていました。

『アフタースクール』のようなトリックもあるにはありますが、今回一番興奮したのは、俳優・香川照之氏の豹変ぶり。「彼が素晴らしい俳優で、作品ごとに豹変するのは知っている。何を分かりきったことを」と思う方もいるかもしれません。でも、今回はいままで以上に凄い香川氏が観られます。

本作品で彼は、血も涙もない伝説の殺し屋・コンドウを演じているのですが、コンドウは記憶を失い、ある男にアイデンティティーを盗まれて、売れないダメな俳優だと思い込む…という展開。もう、これを聞いただけで、“変”すぎてワクワクしませんか?

物語は、売れない貧乏役者・桜井が銭湯に行くところから始まります。そこで彼は、羽振りの良さそうな男が石鹸を踏んで足を滑らし、転倒して頭を強打する場に居合わせるのです。そして、羽振りの良さそうな男が全裸のまま記憶を失ったと知るや、彼が持っていたロッカーの鍵と自分の鍵をすり替え、その男・コンドウになりすますのです。一方、桜井の持ち物を見て、自分が売れない貧乏役者・桜井だと信じようとするコンドウ。服装も、顔つきも、性格まですっかり変わってしまったコンドウは、桜井として記憶を取り戻そうと努力をするうちに、結婚相手を探し求める雑誌の編集長・香苗に出会い、心を通わせていきます。やがて、香苗から突然のプロポーズ。平凡な幸せを噛みしめていましたが、その最中、記憶が戻ってしまうのです。さて、コンドウ、桜井、香苗はどうなってしまうのか…。

途中、本物の桜井とも絡みながら、生きるために、香苗の編集部でアルバイトをしたり、劇団の稽古を見学したり、演技論を勉強したりと奮闘を続けるコンドウですが、映画にエキストラとして出演すると妙に注目されてしまう…と本物の桜井以上に、俳優として成功しそうな予感があるのがまた面白い。売れない俳優役は堺雅人氏が演じていますが、ひょんなことから、一世一代の大芝居を打つことになったコンドウと桜井の様子がまた爆笑もの。桜井の大根演技ぶりを、演技論を極めたコンドウが指摘し、ダメ出しする様子にも笑いが堪えきれません。堺氏にしても、「この大根演技は演技だよね…あれ、それとも地なの? いやいや演技はお上手なはずだしな…」と観る者を煙に巻く始末。「この人たち、どこまで演技?」、「もしかして素なの?」と思うほどに怪演を披露する俳優陣に翻弄されっぱなしでした。

本作では、『アフタースクール』ばりのおもしろいタネ明かしもあるにはあるのですが、今回つくづく感じたのは、映画とは壮大な“だまし絵”であるということ。俳優たちはあくまでも演技しているのだと知っていても、この物語はフィクションなのだと理解していても、この風景はセットなのだと分かっていても、素晴らしい作家の手にかかれば、観客は作りものからでも本物の感情を抱くことができるのです。

『鍵泥棒のメソッド』は騙し合いを軸にした物語ですが、この作品を俯瞰で捉えてみれば、騙し合いのドラマと映画手法を使って、観客を楽しく操っている素敵なだまし絵ということに気づかされます。そもそも人は、手品やトリックアートが大好きですよね。見事に騙されると大喜びし、騙しの手法が緩いとガッカリ。もちろん、罪に問われるようなものは別ですが、騙されて喜ぶのは人間ぐらいのもの。変な生き物ですね。

というわけで、ご自身が変な生き物であることを認識している読者のみなさま(映画好きはたいてい騙され好きですが)、鍵泥棒ならぬ、“心泥棒”のメソッドを知っている内田けんじ監督と、内田組のみなさんに、すっかり騙されてみようじゃありませんか。

《text:June Makiguchi》

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