【MOVIEブログ】2020年ベルリン映画祭 Day6

25日、火曜日。薄曇りの朝。路面は濡れているけど、雨は上がっている。気温は8度くらい。ドイツの黒パンが美味しくて、いつものように朝ごはんを食べ過ぎてしまう。

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25日、火曜日。薄曇りの朝。路面は濡れているけど、雨は上がっている。気温は8度くらい。ドイツの黒パンが美味しくて、いつものように朝ごはんを食べ過ぎてしまう。

本日もメイン会場における9時のマスコミ向け試写からスタートで、コンペ部門のホン・サンス監督新作『The Woman Who Ran』(写真)へ。キム・ミニ扮するヒロインが久しぶりに旧友たちの家を訪ね、会話の断片から彼女たちのライフスタイルや心情が垣間見えてくると同時に、ヒロインの境遇にも少しずつ想像がついてくるという内容。ホン・サンス節がたっぷり堪能できる作品だ。

ドラマティックな展開はほとんど無く、本当にささやかな旧友訪問記。もちろん、細部に神が宿っているのだけれど、旧友を訪ねて会話するだけで映画を成立させてしまうのだから、やはりホン・サンスは凄い。

テーマは、愛について。あるいは、ひとりで生きるという選択肢について、だろうか。何度も見返す度に味わいがにじみ出る作品になるはず。ホン・サンス専売特許のズームインも冴え、ユーモアにも事欠かず、岐路に立つ30代の女性たちの生き方や考え方が(男性の僕にも)伝わってくる気がする。そしてキム・ミニ嬢も本当に素敵だ。

上映が終わり、なんとなくボーっとしてしまう。ホン・サンスのマジック。

『Woman Who Ran』が80分弱の長さだったので、同会場の次の作品は11時半からスタート。コンペ部門のイタリアの新鋭兄弟監督による『Bad Tales』。郊外の住宅地のコミュニティーを舞台に、身勝手な大人たちによって、緩やかに、しかし確実に抑圧されて行く子どもたちの苦しみが描かれる。監督は本作について「『アメリカン・ビューティー』から、アメリカンとビューティーを除いたもの」と形容したらしいけれど、んー、なるほど…。

表情を失った子どもたちを見続けるのはしんどく、正直言って不愉快な内容なのだけれど、もちろんそれが狙いの作品なので文句は言わない。現代社会の闇が見られて感心する人もいるかもしれない。しかし、映画としての趣が豊富であるわけでもないので、僕には単純にしんどさだけが残ってしまった。観客が殺意を覚えるだろう父親を演じるエリオ・ジェルマーノは見事だけれど。

外に出ると、青空だ! とても久しぶりの青空。今日こそは雨はなさそう。

13時半から、「パノラマ部門」で『EEB ALLAY OOO!』というインドの作品。猿が神聖視されている一方で、自由に振る舞う猿による被害が深刻な町で、市の猿対策担当の職を得た青年が苦闘する物語。題材が新鮮でなかなか面白い。ちなみにタイトルは、猿を遠ざけるために職員が叫ぶ掛け声。

上映終わり、屋台のソーセージとパン(ホットドッグとは呼びにくい形状なのであえてこう書くしかない)を頬張って、幸せ。

続いて「パノラマ部門」の『SUK SUK』という、老年の同性愛を主題とする香港の作品へ。幼い孫もいる70歳で引退間際のタクシー運転手の男性に65歳の恋人が出来、ふたりとも幸せな時間を過ごすものの、それぞれが家庭の事情との狭間で悩む物語。幸せな時間は甘美に、そして苦しみの時間は節度を持って描き、いたずらにクリシェな修羅場を持ち込まない作品の姿勢にとても好感が持てる。同性愛者の老人ホームを作ってほしいと自治体に訴える集団のサブストーリーも切実に胸に迫る。秀作。

続いて18時から「エンカウンター部門」の『The Trouble With Being Born』へ。本作が長編2本目になるというサンドラ・ヴォルナー(Wollner)監督による作品。

森の中のプール付き豪邸で暮らす父と10歳くらいの娘の物語と最初に思わせ、すぐに少女は子供型アンドロイドであることが明らかにされる。舞台は近未来、ペシミズムが覆う空気感の中で、容赦のない孤独が綴られる。

人工照明をほとんど使わない暗い画面と不規則に揺らぐ編集が織りなす純然たるアート作品でありつつ、主題が伝わりやすく、監督の独りよがりに陥っていないため、すんなりと作品に惹き込まれる。ペドフィリアすれすれの描写に冒頭ではヒヤヒヤするものの、やがて映画は別次元に移行し、来るべき近未来をダークに予見させていく。

これはとてもいい。「エンカウンター部門」のいまのところのフェイヴァリットかもしれない。監督がオーストリア人であることで引き合いに出すのは陳腐であることを承知の上で書くと、ヴォルナー監督はミハエル・ハネケやウルリヒ・ザイデルのダークなリアリズムの系譜に連なる才能であるかもしれない。今後も注目したい。

上映が19時45分に終わったので、少し時間が空き、メイン会場の脇にあるパスタとピザのファミレス風な店に入ってみる。あまり期待していなかったからか、とても美味しくて嬉しいサプライズ。今年は近くのモールが改装中で毎年通った店が全て閉店しているので、食べる場所を探すのが大変なのだ。ここはまた来よう。

食べるところといえば、今年のベルリンの変化のひとつとして、食べ物をフィーチャーした作品を集め、劇中の料理を実際に食べるイベントも併設された「キュリナリー部門」が無くなったことが挙げられる。昨年まで人気を博しており(チケット入手が困難だった)、とても楽しい部門だったので、少し残念だ。この部門が無くなった分、少しマジメ度が増したかなというのが今年のベルリンの印象のひとつ。

22時から、コンペ部門のアメリカ映画で、イライザ・ヒットマン監督による『Never Rarely Sometime Always』という作品へ(予習ブログではElizaを「エリザ」と書いたけれど、場内の紹介では「イライザ」と呼ばれていた)。ペンシルヴァニアに住む17歳の少女が妊娠し、同世代の従妹に付き添ってもらってニューヨークに中絶手術を受けに行く物語。

東京国際映画祭の作品選定の過程で、ティーンの妊娠が描かれる作品のあまりの多さに辟易してしまうこともあるのだけれど、本作の真摯な姿勢の前ではそのような偏見も吹き飛んでしまう。設定としては『4ヶ月、3週と2日』を彷彿とさせ、しかしムンジウの傑作が長廻しを駆使した動的な内容であったのに対し、本作は淡々としており、少女の痛みが静かに伝わってくる。

妊娠の過程を明らかにしない余白が美しく、ざらついた画面の肌触りがアメリカのインディ作品を愛する者に優しく響く。ハーモニー・コリンとか、ガス・ヴァン・サントとか。タイトルの意味が分かるシーンがクライマックスで、日本公開も期待したいのでそれは書かないけれど、迫真の場面で女優の演技が素晴らしい。ヒットマン監督は今後の動向をチェックせねばならない存在だ。

0時半にホテル帰還。6本見られて、素晴らしい作品にも出会えて充実の一日。明日の予報は雪。ホント?
《矢田部吉彦》

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